収穫期、高原で瞑想するかに耳を澄ませれば、農機独特の太い小刻みにスッタカートの入る懐かしい機械音を受信できる。耳の方向を傾けて音源の方向を探る。季節ごと、その日の天候条件で、その時刻、作業しているの何を栽培する畑かは、殆ど正しく把握出来るのが農家で育ち、自らも農作業に従事した経験のあるオイラの強みだ。収穫期のニセコは、ケーブルテレビの番組のように、どの畑を見ても、興味深いドラマが放映されていた。二本立て、三本立てで楽しんだ日も多かった。ゆっくりと暗くなり、深夜近く迄、空に青みが残るのが、高原の素晴らしい所、そこの標高より低い位置に太陽が沈む事がオイラが内外で撮影地探しに地図を見る時の第一条件。また北海道で言えば石狩平野、空知平野と海抜の低い内陸地もしかり、環境要因での青さを引き出せないカメラマンのために青に偏るフイルムの登場、そしてphotoshopを始めとする画像加工ソフトが存在するようになったのではと思う。写真と言う世界もアウトドアのスポーツ等と同じく地図読み天気図読み、科学、物理の理解が常識になり、どのカメラ雑誌読んでも、これらの記事がひとつふたつある時代がくれば良いなあと日夜思うマグナム依田です。俳句の季語で「徹夜」は挽夏から秋のものとされている。夜遅く迄作業する切なさが、見るものに光景を更に美しく思えあせてくれる。明日からは雨の予報にニンジンのハーベスターが月面作業車のごとく、ゆっくりとニンジンを引き上げながらニセコの高原を滑って行く。あたり一面野菜ジュースの匂い。ハーベスターから、こぼれたニンジンを狙いに、野ウサギ達がオイラの前を何度も横切る、あれ、10月の末に、もう白い冬毛に変わってるウサギもちらほら、ふかふかの地面にオイラは何度もよろける。無重力の中、船外作業の宇宙飛行士気分で軽い小雨の中、撮影するオイラ。「地球は青かった。」