2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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合成写真はタイムマシン

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タイムマシンにお願い。サディスティック・ミカバンドの黒船のアルバムが好きだった。ボーカルが変わって再結成の時、僕は音楽雑誌のスタッフとして、インタビューに、撮影に録音に顔を出した。ミーハーを悟られないように、僕はいつものアメリカンなROCKERスタイルではなく、礼儀を払って、コテコテのロンドンスタイルで出向いた。定番のPANKSではなく、懐かしのキングスロードにたむろしていたTED'Sを気取ってみた。ロンドンで買い付けた、LA ROCKAと言うブランドのエドワーディアン・ジャケットにジョージ・コックスのラバソール。ボウタイとベルト、アクセサリー類は、ビビアン・ウエスト・ウッドで勝負を決めた。僕は当時ツバキハウスのレギュラーイベントの大貫憲章さん、藤原ひろし君らがメインに回していたロンドン・ナイトの常連で、毎回沢山のカルチャー雑誌、ファッション雑誌、音楽雑誌が日本はもとよりフランス、イギリス、アメリカからも来ていたから、写される事に情熱を燃やし、イギリスのPUB独特の少ない量の酒で酔いを回す為に編み出されたダンスも現地で習得し楽しんだ。イギリスの低所得層のカルチャーの話しを僕とピーター・バラカンさんに二人にさせたら、ワンクルーの番組スケジュールなんて、あっという間に埋まってしまう。ミカさんにこだわる加藤氏の情熱。モネが妻カミーユの影を追い掛け、友人の子供を代打にした感じに僕にはオーバーラップした。愛する人の代打、解らなくも無くは無いが、僕には愛するSちゃんの代わりになる人等、考えられないよ。Sちゃんは、この世界で、たったひとり。君が隣に居なくても、僕は、外出、外泊で僕以外は出かけて、たったひとりの214号室で、笑顔の君を連れて、マッキントッシュのタイムマシンで、つかの間の旅をして過ごしています。大好きだからね。Sちゃん、何処か行きたい所あるかい?僕がタイムマシンに乗せてあげるよ。まず、今日のエントリーは、僕の小樽の住まいの前の風景。僕自身、此処に君と行ってみたくて。愛してるよう。僕は、その昔、カメラマンになる前、アートディレクターになる前、デザイナーになる前、合成写真のプロだった。そう、印刷屋の製版オペレーターであった。最初は写真の暗室の延長線だった。横尾忠則、アンディ・ウオーフォールらの作品に出会い、写真の分版作業がエクスタシーだった。元々の写真のカラー現像技術も、得意な筆扱いも、エアブラシのテクニックも、全部そのまま使えたから、あっという間に、難しい製版指定原稿を任せられるようになった。共同印刷にはじまり、図書印刷、大日本印刷、凸版印刷にも出入りさせて頂いた。特殊印刷、箔押し、シルクスクリーンの業者にも、ポールスミスさんがテキスタイルに写真製版を持ち込んだ年にお手伝いもさせて頂いた。特に加工がPCの時代じゃなかったから、写真のノックダウン合成、乗算合成には良くオペレーター指名もされた。今でこそ簡単だが広告コピーのガウスによるドロップシャドウも、昔は熟練オペレーターの技の見せ所だった。「こいつYODAって言うんだ。」と紹介されたルーカスプロで、「日本人なら何かやってみろ。」どうみても日系の人が多かった。その場似合ったラッシュフイルムからデユープしてマスターを焼いた。ソースを探した。その場にあった雑誌を複写した。まあ、大手スーパーの特売のチラシの出張校正を思えば子供騙しなテクニックである。作ったのは猿の惑星の最終シーンの事由の女神をC3POに変えたカット、もう一点もC3POネタでビーチで横たわる女性ともービングテクニックを交え、痣日十番時代に出入りしていた空山基さん風のセクシー・ロボットに仕立ててみた。愉しかった。でもね、面白かったのは偶然知り合った特殊メイクのマッド・ジョージの部屋。マジ、合成を極めればタイムマシーンに乗れるのだ。何故か写真ブログ、写真雑誌見ても、皆さんphotoshop持ってるのに、楽しまないのかと不思議だ。
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by mugnum-yoda | 2010-05-01 17:22 | SWEET LOVE