2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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何時も特等席

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2008年7月27日の記憶。振り返れば、僕は、どのカメラマンよりも上座に陣取らして頂いた。この写真の朝も、最愛の不思議な力に誘われて小樽の漁港へ、車を停めた目の前で、祭りのハイライト「潮わたり」に出向く漁船が、祭りの飾りを付けている真っ最中であった。漁師が埠頭に置いた祭りの幟をちらりと見た瞬間、僕は、その幟が、今、彼が必要なんだと悟り、束ねられた何本かの幟を、その若い漁師にの元へ、僕は、断りも無く岸壁から1メートル位距離を置きアイドリングエンジンで待機する。まだ新艇の雰囲気の残る、真っ白が眩しい漁船に乗り込んだ。船に立つのは久しぶりであった。丁度、僕の船舶免許で操船するのに手頃な漁船であった。そんな事を考えながら、幟で船を飾る手伝いをした。赤と白で染め抜いた。「潮まつり」の幟をセットのプラスティックの組み立て式の白い支柱に通し、要所、要所を付属の紐で結んだ。広告業の中で数えきれない程,繰り返した作業だ。東京のレンゴー産業での捨看板の仕事に
はじまり、三菱自動車販売の販社様向けのSPツールに、ダイア建設さんのモデルハウスオープンの来場者誘導の幟。そんな経験で手慣れた僕の作業に、若い漁師も彼の奥さんも、僕の手順を真似てくれた。僕は何故か何も話さなかった。時間にして、ほんの僅かな出来事であった。彼の目線が今度は、僕を此処まで運んでくれたまま待機してい相棒Sちゃんと、Sちゃんのワゴン車の横に置いたままの大きなマンフロットの三脚とカメラバックを見ていた。Sちゃんは彼と何度か視線が合う度に、彼に何度もお辞儀していた。「奥さんかい?」と彼はそうだと答える方が早いときもあったが、この時は「彼女は仕事のパートナーなんだ。」と答えた。「うちと同じだな。」と彼は彼の奥さんの腰を抱き寄せ僕に笑った。「兄さん、仕事はカメラかい?」僕は横目で大好きなSちゃんと視線を交わしながら、彼の問いに、ただ、首を、しっかり縦に振った。小樽は職人の街なのもあり、多くの芸術家を排出した歴史、黒船以前より大陸との交易があった街であり、そこに暮らす人は僕らのような横文字商の専門職に対して何の疑い無しに歓迎してくれるのが嬉しい。ニセコの近くの蘭越町などは、スナップにカメラを持ち歩くだけで覗き趣味のある変態だと通報までされてしまう。そんな事ばかりだった。そんな僕に小樽はエルドラドであった。勿論救い出してくれたのは、最愛のSちゃんである。

写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願います
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by mugnum-yoda | 2010-07-20 09:16