2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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LUCKY


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by mugnum-yoda | 2010-08-11 19:57


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本日、久しぶりに写真の話じゃなく撮影の話と北海道の写真業界、広告業界の話に盛り上がったパブリックセンター、ピーアールセンター、BLUE HOUSE、ニトリ懐かしい単語に失った記憶が少し繋がりそうな予感。オパライトの話、そして共通の友人、知人の話。プロ機材ドットコムさん、株式会社テイクさんの話。「依田さん、僕もアスペルガーテストの指数が高いんだよね。」と笑うの腕時計が僕は欲しくて溜まらなかった。お洒落心のトリガーを弾かれた。左半側空間無視の緩和策。一生治らないけど、左側へ注意を促す方法のひとつに。視認性を高くすることで、認識が高まる。事を自ら発見し、実践に向けて動いている。まず、大好きなsちゃんのお母さんから戴いた、お見舞いで買った白ベースの通称メトロ迷彩とか、シティ迷彩と呼ばれるカー後パンツを手に入れた。海外でも日本でもプロフォトグラファーが仕事で履いているあれだ。腐ってもフォトグラファーでいたい。腐ってもファッションリーダーでいたいのだ。同時に真っ白なご存知コンバースのALLSTARのハイカットを買った。クレージー剣くんと働いた会社でコンバースのALLSTARの代理店もしてたので、滅多に履く事が無いけど、今年の7月15日、最愛のSちゃんに先導してもらい小樽の課税埠頭の倉庫街を、この靴で飛んだり跳ねたり出来た。日没後、照明の無い小樽住吉神社の長い石段も、自分自身も障害者である事を忘れる程歩けたのも、この出で立ちと彼女のパワーだと思っている。お気に入りを身に付ける精神安定効果は絶大である。まして視認性を意識したものなら倍増。今、そう言った事で、視認性の高い白い腕時計、白い三脚、白いライトスタンド、白い一脚が欲しい。マンフロットさんは僕の為に、白く改良することを沢山調べてくれたけど、長さをスライドする部分が、どうも巧く行かないんだって。僕のお気に入りの製品を扱う会社の人は、誰もが親切で嬉しい。ありがとう。本日、僕の相手をしてくれたの腕時計はダイバーウオッチのようなシャネル。格好いい。彼のバックはSちゃんのカメラバックと同じARTISAN&ARTIST のエナメルっぽい黒。何から何まで格好良い。僕も昔は、良く格好いいと言われた。懐かしい。お洒落な人達とお洒落の仕事がしたい。ファッションポートレート、カタログ撮影なんでも、声かけてね。すっごく頑張るからさあ。応援して下さい。

/A>ブログランキング参加しています。生憎、写真機材手許に無くて、ベターハーフのSちゃんと一緒の時じゃないとカメラ手に撮る事が出来ませんが、写真への思いはつのりばかり皆様のコメントとポチリは僕の精神安定剤。頑張って誰かの何かに役立てる記事を毎日お届けします。今日も、ポチリ応援お願いです。
本日、お土産話を沢山持ってお見舞いに来てくれた優しい友人のブログヒロカワイすすきのオフショットプレビューも、応援してね、もうひとつの北国のワンダーランドすすきの素顔を見るも良し。ブックマークで宜しくね。発症した日も、彼にお世話になったんだ。
本日、エントリーの写真のモデルTHE KET PROJECTのドラムス工藤哲也氏のブログ明日は明日の風が吹く♪も宜しくね。
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by mugnum-yoda | 2010-08-10 19:41


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by mugnum-yoda | 2010-08-09 13:13

IN TO THE WILD

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2008年2月6日の記憶。「兄貴が死ぬ前に、俺が死ぬ前に、兄貴、俺を写真に撮ってくれ。」と言う男と最果てを、荒野を彷徨った。インディアンの美しさを表現する最高の言葉のひとつに「死ぬには良き日」と言うのがある。ベストセラーのタイトルにもなった言葉だから、覚えている方も少なくは無いのではなかろうか?僕らコピーライティングの教育を受けた人。そして父のような単文を商いにする方も、限られた素区内スペースで、多くのニュアンスを詰め込まなければ昇華出来ない世界の言葉の職人は世界中の修飾後を、その言葉の持つ背景、思考,思想までも利用し自分のスタイルを築きあげる。僕は自閉症,発達障害で、小学に入っても、ア〜、ウ〜。としか話せなかった。言葉の学校に通い、話せるようになったが、吃りがひどく、シャベRて無い頃よりも虐めの対象に、学校では、虐めによる癇癪で毎日のように硝子を割りながら渡り廊下を走っては先生に、呼び出された、父にも母にもビンタされた。悲しくて更に癇癪。当時は今のように自閉症時の扱い方が一般に知れるような本すらなかったから、本当は、今風に穏やかに、させるにはハグが良いんだけど。僕の扱いに母さんも困ったんだろうね。僕、生まれてから、母さんに抱きしめてもらった事が無い。その件を、今年になって主治医の精神科の先生と父と話し合った。本当にハグして欲しかったんだ。犬が死んだ日「母ちゃん、抱っこしてよ!」と僕は母に訴えた。「子供見たいでしょ!」と母に手に甲を叩かれた。悲しくて、更に泣いた。父さんが僕の家から連れて行った犬が「ウルサいから殺す。」って、わざわざ、精神科の病棟まで電話呼び出しで、悲しくて怖くて、母さんにお願いした。「母さん、みんな無駄吠えする犬じゃないよ。不安なだけだよ。母さん、僕の代わりに犬をぎゅうって抱きしめて、一生のお願いだよう。」母は「昌也、お前が入院したお陰で忙しくて、全然、近所付き合い出来ていないんだよ!みんなM母さんの漬け物が届くの待っている人が沢山いるから、漬け物急いで漬けないとならないから、犬どころじゃないよ。」悲しくて、悲しくて、ずっと寝られなくなった。母親の愛情が薄い男子は,GFに母親の理想像をを見るそうである。ケース的には多い事例、クリエーターに多い化女性願望も、これらをほったんとするそうである。更に、僕は遺伝子異常で女性ホルモンが多いんだ。出逢った事がある方なら、おわかりだろうが女装や女言葉使わないが男性として意識しないはずだ。大好きなSちゃんの事を「お母ちゃん。」って呼び間違うのも、幼少時の母親の愛情の希薄によるものだって。ゴメンネ、Sちゃん。映画『イントゥ・ザ・ワイルド』 オフィシャルサイトベトナム戦争末期、僕は歯が痛い訳ではないが、大好きな一番年齢の近い大好きな叔母、丈ちゃんの働く歯医者に通った、近所では兄弟だと思ってた人も多かった。彼女は母の代わりに僕を学校へ行くときも遊びに行くときもオンブしてくれた。容姿は自分ではブスだと言っていたが、当時流行のアイドル天地真理を少し奇麗にした感じだった。僕は天地真理のコンサートに行く程、真理ちゃんが好きだった。だって、大好きな丈ちゃんに似てたからね。歯医者に通ったのは、丈ちゃんの仕事を覗くのも好きだったけど、其処のひんやりとした待合室にあった漫画の週刊誌が見たかった。目当ては小年サンデーに掲載されていた望月三起也の「夜明けのマッキー」だ。この漫画が無かったら僕は絵描きに成っていたと思う。この漫画に登場する主人公の自身の写真で戦争を終結させるという使命に燃えるカメラマンに憧れ、もう僕もベトナム写しに行かなくちゃと決めた。まだカメラすら手にした事が無いが、粋なり、決めた。それまで絵でも書道ででも彫刻でも、どれも始めて一ヶ月くらいで大きな展覧会に入選していたから、カメラさえ手にすれば、もうベトナムに行けるくらいに思っていた。1970年代初頭の話である。子供達の遊びも当時は毎日の戦争報道に戦争ごっこが大流行り、僕も開発局に勤める伯父さんに貰ったヘルメットを国防色に塗り父のカメラを銃の代わりに首から下げ「開戦は〜じまった。」の合図で野山を駆け、川を飛び越えた。カメラを手にした僕は、どんな写真を写して居たかと言うと。僕の一歳の誕生日に貰ったアメリカンコッカーのチエッキーにシロルメグサの髪飾りをつけて、時にはサングラスかけさせたりして庭一面のデイジーのカーペットの上で何度も何度も何ロールも写していた。残されたフイルムを見ると、大好きなSちゃんを写す時と同じ心境だったのではと想像する。いつか引き伸ばし機を手に入れたら皆さんに見て貰おうと思う。父が状況時代から海外の映画特にアメリカ映画のファンだったから当時のハリウッド女優の写真が家にあったからポートレートにも興味がある。当時の僕のモデルは犬のチエッキーと、爺ちゃん。戦争ごっこに爺ちゃんの猟銃を持ち出したときは顎が外れる程、殴られたけど、僕は大好きだった。爺ちゃんは、僕の従軍カメラマンへの話に、爺ちゃんが昭和新山の大爆発の被災者の痛い捜索の任務で、警察犬を率いて警察官として本州から北海道に渡り、来る日も来る日も遺体の中を歩いた話を聞かせてくれた。爺ちゃんがわかさいも本舗の創始者とゴルフやハンティングに友達付き合いをしていたのは、この頃に始まったようだ。子供心に壊れた、今で言うB品のわかさいもは美味しかった。
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by mugnum-yoda | 2010-08-01 20:08
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2008年9月6日の記憶。この日から三ヶ月後に、倒れたんだね。信じられない。もうこの頃は、アクティブで体力も、凄くあった。先日紹介したGitzo Ocean Traveler Tripod の使用中のまさに、この写真を写している最中の写真が出てるので見てね。新しい物好きだから、同じ機能の三脚持っていても、リニュ−アルされ、商品名もオーシャン・トラベラーとされたこのモデル欲しいね。釣り雑誌だと、浅瀬のオンサイトでのボーン・フイッシュの釣りの写真取材あたりの仕事仲間で、最もイケメンのフォトグラファー津留崎健 さんをモデルに釣りの雑誌の表四にGITZOさんの広告をディレクションしたくなった僕です。仕事したい。

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by mugnum-yoda | 2010-08-01 17:26

入賞(5名)2万円相当。

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笑っちゃうかもしれないけど、僕、最後にお金を、持っていたのは、何時だったかすら解らない。新千歳空港空の日写真コンテスト/a>の賞金2万円、羨ましい。誰か僕に機材持たせて欲しいよう。
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by mugnum-yoda | 2010-08-01 16:40

最優秀賞10万円

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新千歳空港空の日写真コンテスト2010の広告を新聞で見て、心が騒いだ。、今、本当にお金が無くて、撮影の現場復帰へのリハビリを続けられない。悲しいけど、現実。最高のアシスタントであり、最高のモデルである最愛のSちゃんに、逢いたい一心で、彼女の家から15分の場所に転院して来た訳だけど、近いとは言え、やはり家業を抜けて、ガス代も、それに手ぶらで来るような性格じゃないから、かなりの出費になるんだと思うんだ。以前のように「Sちゃん、このお金で依田さんの面倒見てあげて。」と言う方も無くなったしね。そんな時に見た最優秀賞10万円の文字は、何だか、にやけた。小学、宙学、高校と、絵のコンテスト、プラモデルのコンテスト、作文のコンテスト、お習字の大会、写真のコンテスト。笑っちゃう程、文部大臣賞とか北海道知事賞とか、道立美術館館長賞とか貰ってたから、ひょっとしたら10万円、僕のもの?何て考えてた。ッ撮影代金の取り立てとか、だらしないと商家に育った彼女からも写真家の大先輩からも言われてたので、
ニセコ時代の写真を開発局さんに、蘭越町役場さんに無断使用された件とか、ニセコのイベントで壊されたカメラ,レンズ、三脚の件とか、未整理と言うか、いいやいいやで澄ます性格が生んだんだけど、それを良い事に、一杯、騙されてね、それこそ彼女にだらしないと思われるの嫌で、友人を介して、穏便にと思ったけど、あれも、これも、やっぱり泣き寝入りしなきゃ駄目なんだ。なんとかして、次のステップに昇れるように機材が少し欲しい。皆さんニセコは夢の国だから、落とし穴,一杯だから、注意してね。まじにあり地獄。
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by mugnum-yoda | 2010-08-01 16:28
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新千歳空港空の日写真コンテスト2010の応募が始まったので、古いデータをレタッチ、募集要項を見るとデータでの応募出来ないんだって、プリントオンリー、差別だよね。プリンターぐらい欲しいよね。写真やらないのにワードの文書をプリント出来る患者さんも、悔しい。せめてA4機とは、行かないまでも、はがきプリンタぐらいあれば、生活変わるよね。Sちゃんのお父さんにもお母さんにも彼女の写真をプリントしてプレゼント出来るし、僕の写した脳風景とか犬の写真とか、実家の父さんも母さんもPC環境が無いから見た事が無いんだ、道展に毎回、農業風景の油絵で入選している母さんの下絵素材にもプリンタあるとプレゼント出来そうだしね。勿論、彼女自身、自分の写された写真、一枚も持って無いからね。僕もベット周りに、ベタベタ彼女の写真で埋め尽くしたいしね。
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by mugnum-yoda | 2010-08-01 15:58

潮祭り最終日

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2008年7月27日の記憶。もう最後のチャンスなのに、雨だね。悲しいね。病院のスタッフもお祭り、見学行った人も、外出で家族と言った患者さんも?「何で依田さん、お祭りの外出許可されてるのに迎えに来て貰えないの?」前回の外出時のニュアンスで当然迎えに来てくれる筈なんだ。でもね、大好きなSちゃん無家は、小樽の旧家の本家だから、お祭りの時期だと忙しい。それに加え、近隣でお祭りの流れで飲み会が多いから、酒類販売のウエイトが多い彼女の家の家業、きっと、今頃も配達に忙しいに決まってる。病気療養中のお父さん、お母さんも、随分良くなったと、先日、訪問した時にお逢いしたけど、まだ、彼女が居ないと、不安だそうで、彼女も夏なのに大好きな波乗りも、ダンスイベントも行けないんだって、写真を仕事の合間に撮る暇がない程、「ああして、」「こうして。」と家族からのSOSコールがあり、可愛そうな程なんだ。せめて、僕ぐらい「ああして、」「こうして、」言わないで、彼女が言うように、「家の事、終わったら、何を置いてでも僕の所に飛んで来たい。を待っています。「」困った事が、あれば、何でも言いなさい、言わないと解らないんだよ。」でも、その昔、「あれこれ言わないからマアちゃんが大好き。」と誉められたから、我慢、我慢、電話代の10円くらい欲しいんだよ。ただ声が聞きたい。僕の携帯、大好きなお父さんとお母さんを繋ぐ大切な役割してくれているから嬉しい。お祭り今日で終わりだから、もう、はらはら待たなくて良くなった。今年は、どうだったの?誰か撮影に行ったのかな?札幌のお友達、僕の病院、小樽への通り道なのに来てくれないの?北一硝子さん、今年はどうだったの?
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by mugnum-yoda | 2010-08-01 15:32
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2007年7月28日の記憶。本日も祭りの最中であるのに、生憎の雨。昼食時のデイルームのニュース、各地で増水、河川決壊、土砂崩れのニュース。函館方面は、実に雨による被害の多いb署であり、今日も、この撮影の日も、昨今、マグロ漁で知名度を上げた戸井漁港周辺の海に沿う道が崖崩れにより交通の規制がひかれていた。突然、足止めを喰らった。でも急ぎの用事など無く、その日、南下して来たのは波乗り。ただ、家に帰り留守番させて来た犬と、毎日のように食事を共にしていた、大好きなSちゃんに、一刻でも早く逢いたかった。道路封鎖で幹線道路に向かう道が閉ざされていたので、普段は見る機会の少ない戸井の集落で時間を潰した。ふと見慣れた光景が広がった。見慣れたと言う理由は2つ、ひとつは、サーファーの誰もが経験するように、流れ昆布を拾う作業のお手伝いをして労賃を得た事がある。漁師も気楽に、ウエットスーツを着て近くに居ると、「ちょっと、お前ら、拾うの手伝えや!」言葉は、浜言葉で荒いが怒っている訳では無く、むしろ、好意を抱いた口調なのだ。僕も襟裳で南茅部でウエットスーツを着て、其処をたまたま、通りかかったのを理由に作業の輪の中に、九十九里でも潮干狩りのお手伝い、地引き網のお手伝いと、海に海専用の道具を持っているだけで、不思議とプロ漁師から見て、良識人的に見えるのか?ローカル色強い場所でも、それらを身に付けたり携行する事が通行手形と成りうるのである。その昔、マリン系雑誌に掲載する雑誌広告のデザイナー時代、 Sサーフインの世界のプロサーキットを見学にハワイのノースショアに行った事が、ある。写真家としてでは無いがカメラを機材を持ち込んだ。サンセットビーチで波高10ft.の週末。全く片岡義男の小説のタイトルのような一日、彼の作品の中にも写真家が登場するのあったよね?その日、僕は、始めてプロフォトグラファーが、群れ塊って世界のトップサーファーを狙っていた。ランドショットと呼ばれる、丘からの超望遠レンズで狙う群れの中に僕は混じった。他に水中ハウジングで水中からシークエンスを広角域のレンズで狙うウオーターショット、更には、大きな大会特有のc取材チャーター船からの撮影、ヘリコプターからの俯瞰撮影が、同じヒートを狙っている。不思議な光景があった。皆さんも扱学校の時、グランドに朝礼台なる二畳くらいのステージあったでしょ?あの上に三脚や機材ステップをセットしている人が何人か、それに皆,アウトドアのキャンプに持ち歩くような大型クーラーボックスを椅子に踏み台にしていた。また不思議を発見。選手の乗る波まで、近い筈なのに、波打ち際ぎりぎりのビーチが、何故か写真家もギャラリーも薄かった。よそ者の僕は、当然のように、その人気無いビーチに機材をセットした。機材と言ってもNIKONのF3にSIGMAのミラーレンズの800mmにテレコンだけ、三脚は、お付き合いのあるメーカーのPRESSで調達した。その機材で、セットを終えファインダーを覗いていると視線を感じて赤面した。でも、其処に居るだけで、デザイナーとして写真を選ぶ側としてのお付き合いだが日本の波乗り写真の草分け佐藤伝次郎さん、芝田満之さんと、同じ土俵に立った感じがした。そしてヒート後半の巨大な波が選手がプルアウトした、エンプティウエイブのまま、ショアブレイクが粋なりビーチに乗り上げ丘の上に一瞬に登った。僕も膝をさらわれよろめいた。膝から伝い上がった波が顔まで濡らした。大騒ぎである。ギャラリーもべちょべちょ。更に引き波に足をすくわれ転がる人も、引いてく波にぷかぷか大型クーラーの赤白、青白が流れて行く。それらを追いかける人、皆,笑ってた。DJがベタなワイプアウトを流していた。流れて行くクーラーバックの中身は、どれもカメラバックであった。例の朝礼台も波から機材を守る道具であった。この日、はじめて不思議な三脚を目にした。同不思議かと言うと、普通、皆さんが、お持ちの三脚は、足は4段や5段で、地面に近いパイプ程、径が細くなっていますよね。それが、この時、僕が目撃した三脚は、逆に地面に近い程、径が太いものだった。持ち主に聞きたかったけど、もろもろの僕の機材が、その場に相応しく無いのが気になって恥ずかしくて問う事が出来ずに帰国。その後、何かの雑誌でNational Geographicのフォトグラファーの撮影中の写真に、同じ三脚が出ていた。僕の調べでは、と言うか感でZITZO臭かった。ただ、同社の有名な大型雲台らしい花形のネジが見えてたからね。其れからと言うもの僕はその三脚が欲しくて、欲しくて、アメリカのサーフインの雑誌に手紙出したりね。インターネットの無い時代である。僕が、その不思議な三脚を手に入れたのはニセコで暮らし始め、海外通販出来る環境を得た2006年の事、e-bayと言う通販サイトでハンティングの検索で、偶然にも引き当てた。嬉しかった。色もグリーン、僕の為にあるようなディテール。アマゾン、エクスペディションがどうのこうの、ウエットランドがどうのこうのと記載されていた。その商品撮影の背景に、やはり波乗りの写真、そして、獲物を銜えて泳ぐ猟犬のクローズアップ写真、ますます、僕の為にあるとしか思えなかった。その後継機種と思われる三脚が、僕が入院している間にGIZOからリリースされていた。GITZO オーシャントラベラー三脚GK1581OT発売新しいニュースじゃないけど、商品知識としてクリック!商品説明のYOUTUBE動画もナイス。僕の保有しているビンテージもの半額以下で新品が変える。マンフロットさん、嬉しい価格設定ありがとう。脚のシステムは違うけど、機能は、更に進化している模様、僕も欲しい。表現を広げる機材こそ必須と考える僕的には太鼓判です。ボーチでの水着ポートレートに二重丸。水瓶座の皆様、買うべし。広がる世界を考えると激安だね。そうそう、ビーチでは砂浜に直接カメラバック置いてはいけませんよ。そんな時も海には海で生まれたカメラザックDAKINE : SEQUENCEで。ブログランキング参加しています。生憎、写真機材手許に無くて、ベターハーフのSちゃんと一緒の時じゃないとカメラ手に撮る事が出来ませんが、写真への思いはつのりばかり皆様のコメントとポチリは僕の精神安定剤。頑張って誰かの何かに役立てる記事を毎日お届けします。今日も、ポチリ応援お願いです。
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by mugnum-yoda | 2010-07-29 17:39