2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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DREAM TRACKS

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ノートラック(踏み跡の無い)のニセコの裏山を犬達と僕が遊んだ夢の跡。場所はニセコアンヌプリ北斜面中腹部。以前にも記事にした記憶があるが、「言い切らない。」部分が必要と考える。例えば、僕が触れて来た広告世界、少しでも露出時間を増やそうと莫大な予算が動く。更に、見るものに「何だろう?」と思わせる表現の余白が、凝視する時間を伸ばし、(何だろう?」があるからこそ、思考が働き、心理に訴えるのだ。相手に、切りとられた絵の前後の時間を想像させるのも古いテクニック、そのトリガーアイテムとして、足跡、航跡、轍は、文学作品に、映画に、ドラマにと使われて来た。また、時期も時期なので、伝わりやすいのでウインタースポーツの話、フイギュアスケート、大好きなSちゃんが、いつも見ていたので、僕も話しに加わりたくて良く観戦する。長野の親類はみんな、スケートの選手だけど、僕は近所の池で、竹ほうきで、アイスホッケーごっこしただけ、バックには滑れない。ローラースケートもインラインスケートも、話題のひとつに、揃えて骨折してみただけの経験。選手目線で見れないから、写真屋としての目線で観戦。何としても、運動神経抜群の天才少女Sちゃんと、長く共通の話題でお話したくてさあ。「今日は、雪が降らなかったから、流石に素敵な彼女さん来てくれるよと思うわよ。」と看護士さんが、塞いでる僕を、喜ばせようとする。午後3時、おやつの時間、家族がパートナーが詰所に預けてくれたお菓子を適量に小分けして配ってもらえるんだ。「依田さん、最近、おやつ入れてもらえないの?」「週末は、おやつ内と時間長くなるからSちゃんに、お願いしなさい。」実際にプリンやらケーキを食べている患者さんを見るとイライラする嫌な男に成り下がってる。干渉が好きな、おせっかい、伯母さん軍団が、おやつで並ぶ列で、伝言ゲームを始める。「依田さんのGFの家ね、お菓子屋さんなのに、依田さん、お菓子無いんだって、可愛そうだね!」びょ、その後、病棟60人から「可愛そう!」攻撃を承けた。僕も以前はそうして頂いていたけど、奥さん、彼女、娘さんに「ア〜ん」してもらってる人に、嫉妬を覚える。僕も一階のゼロカロリーのコーラくらいは飲んでみたい。土曜日曜は、階段転落事故があったので、歩ける人でも禁止なの、僕は更に介助なしじゃフロア移動許されてないから、外泊、外出の行き帰りの人に「表、寒いの?」「道路凍ってるの?」「雪凄いの?」と質問しては、Sちゃんの身を案じる情報を得るだけ、正月の「書き初め」の手本に「氷上流線美」というのもあり、一応書道八段の腕でダンサーのSちゃんにプレゼントしようと頑張ってみた。今度、病院にSちゃんがカメラを携えて来てくれたら写してもらって、皆さんに公開出来るかも?写真以外でも僕の作品がみたい、知りたい人は、Sちゃんにラブコールしてね。動きの或るスポーツ全般、アスリートの動きを際立たせるのは、スケートであれば、エッジで描いた軌跡、スキー、スノーボードでは、それに加えて雪の飛沫、パウダーの描く弧と弧の繋がり。サーフインでもスプレーの描くマニューバーライン、何せ、これを美しく描くのが高得点。写真家としても、当然スキルの見えてしまう部分である。怖いね。実はね、解析すると、これらの軌跡に、ハイエストハイライトを重ね合わせるように画面構成するのが、サーフイン写真、スキー、スノーボード写真のセオリーともなっている。光を感じて、自らが動く癖を訓練しましょう。まずは、ベースとなる雪、氷の色に質感の露出をテストする余裕を持つ事が大切だと思うよ。「コメント無くて可愛そう」Sちゃん、ぎりぎりでも顔見せて欲しいよう。愛してるよう。君の名前呼んでるの聞こえてますか?逢いたいよう。また、身振り手振り、スポーツの美しさの、お話しようよ。見てる皆さんも、コメント下さい。
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by mugnum-yoda | 2010-01-31 17:37 | DOG PHOTO

SHADE

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白い世界のスポーツじゃなくても、影を見方に付ける癖が必要だ、例えば球技の進行を一枚の絵で表現するのに、ボールの影が効果的に使われたりするよね。アスリートの動きも影で3Dに、ゴルフの芝も、競馬のパドックの状態も、その当日の雪質を伝えるには影だ。ポジを浮き立たせるにもネガなのだ、女性のメイクも同じだよね。
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by mugnum-yoda | 2010-01-30 17:04 | Extreme Sports

BIG STAGE

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写真って厨房の技に似ている。美味しい焼き魚の基本は、遠火の強火。まさに、僕が選ぶライティングのよう。海の魚は、身から、川の魚は皮から…、農林水産、自然科学、余暇レジャーを得意分野として営業していたから、食関連のボディコピー、コラムでスローフーズの時代は忙しかった。父の角川一族との付き合いの流れで出逢った角川春樹氏に「何故、君は長文を書かないんだ。」といきなり怒られた事があった。そう、バブル期、僕も時代の流れで、BIG NAME 達と、BIG STAGEに、立った事も何度か。遠火の強火的、ライティングを得られる場所で仕事出来る喜びも、また、フォトグラファーズ・ハイ。何とも言えない色も、プロのライティング会社によるもの。その昔、ラフォーレ原宿に事務所を持っていたステージ照明の会社のスタッフとし働いた。電源車からシールドの引き回し養生、リフトに登りライト位置変更。キャットウオークから見るプロミュージシャンのリハーサル。あの頃、カメラ携行してればなあ。照明のプレゼン用にプレゼンカンプを描いたり。中にはハリウッドで照明修行を積んだ仲間も、いくつかのシークレットも覚えた。また、これもCOOLSのスタッフとして、背景にペイントしていた僕の働きを見ていてくれた。COOLSのステージの照明の請け負い業者さんだ。今は手元には無いが、日比谷野音のライブビデオの照明も背景絵にも、若き日の僕の汗の跡がある。 その後、僕はCOOLSのメンバーが始めたロック・ファッションのブランドのデザイナーになり、数多くのアーティストのステージ衣装をまかされた。やはり、ここでも小屋の衣装と、大舞台の衣装は根本的に違った。演ずる場所の照明の理解は大切だ。飽和しやすい小屋での記事は色を吸収する素材、織りの確度、部分的にバイアス使いしたりね、グロスなのか?シャイニーなのか?グリッツターなのか?光る物は徹底的に科学してみた。反射、自家発光素材、大場所に立つ心構えともなるステージ衣装の理解は、写真を更に面白くしてくれた。次世代のクリエーターに向けて語ってるんだけど、そう言う人見てるのかな?コメント待ってます。
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by mugnum-yoda | 2010-01-30 16:39 | 音楽偏愛主義

スタジアムの誘惑

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写真は札幌が舞台となった冬期オリンピックで使用された大倉山ジャンプ競技場。大場所でのシューティングは、いつもと違う。道具は、同じだった。撮影ポジションも、欲張りしたくて、マンフロットの大型三脚をカタログの順に上から三台持ち込み、最愛のアシスタントSちゃんの力も借りて3セット配した。いつものように、主要選手を紹介されたり、メーカー営業をさんを紹介されたり忙しい幕開け。勿論、主催者にも挨拶。会場事務所に挨拶、会場内移動を考えルートを覚える。スタジアムは劇場やライブハウス、会館と同じで、すり鉢場の客席を縫うように通路があり、イベント中、走り回り複数のカメラを扱うには慣れが必要だ。この日も会場にFM周波数の計測機器があるため、カメラの遠隔操作は出来ずに足が頼りだった。Sちゃんが居てくれればなあ〜。と思いつつ、数えきれない階段を登り降りした。イベント集客系の本で読んだのだと思うけど、このスタジアムと言うのは、音楽や写真のスタジオと語源を一緒にするのだそうだ。大場所と言うのは、ひとつの基準でもある。僕は,その昔、カメラマンに写真をオーダーしたり、その写真をセレクトしたり、はたまた、やる気のある新人にチャンスを
与えたりしてきた。沢山の人がポートフォリオを抱えて売り込みに来ていた。「へえ、あの場所で、こう写したの?」とうなり共感出来る、写真が嬉しかった。武道館の階段、日比谷野外音楽堂の客席、有明コロシアム、西武球場。音楽雑誌、車雑誌、アウトドア雑誌、釣り雑誌、スポーツ雑誌、どれでも同じ事が言えた。この人に、あそこを写させたら、こうなるだろうと予測出来る事が条件だ。性格が気に入って物見遊山で同行撮影したら、思いもよらぬ事もあった。大舞台が好きだ。写真の主役達も大舞台を目指して生きて来たのであろう。そんな心意気が小さなファインダーにビンビンと届く緊張も魅惑だった。誘惑のスタジアム。北海道では「飛び」系のライダーからシーズン中は、良く直接、「写して下さい。」が多かった。実に嬉しかった。そんな彼ら、空中で演技の最中に、僕にメーカーから預かった羽を写せとばかりに。超望遠レンズ越しにアイコンタクト、言葉が聞こえる。フォトグラファーズ・ハイ。カメラを手に持つ喜びを感じ帰路。Sちゃんに報告したくて。予備のバッテリー3個、紛失。ベストが欲しいと思った冬の終わりの一日。Sちゃん、また撮影をサポート仕手欲しいよ。どの写真も、君との共同作業だろ。逢いに来て欲しいよ。
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by mugnum-yoda | 2010-01-30 16:17 | Extreme Sports

ロウアングルで望遠

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ロウアングルと言うと、広角とか、超広角と組み合わせる人多いでしょ?僕もその口だけど、でもね、沢山の有名どころのカメラマンが集る大会じゃ良いポジションはバッティングするでしょ。記者会見のようにパイプ椅子に○○新聞様、テレビ××様なんて、ガムテにマジックで書いてあれば良いのだが、屋外じゃ暗黙の了解に従うだけ。そう、互いのレンズ画角に入らなように、影を落とさないように考慮してね。ストロボも遠隔スレーブで仕込むカメラマン多いから、ストロボを焚くつもりじゃなくても、全部発光することもあったり、ここは共同で良いものを生むと割り切った方が良いだろう。どうせ写り込むなら、画像構築の妨げにならないように、恰好良いカメラマンとして画面の端に写ることもセッション参加では必要だ。例えば犬ぞりレース、アウトドアウエアメーカーの防寒着に800ミリレンズのカメラマンは、僕の場合、あえてギャラリーとして作品の中にキチンと納める。携帯で写そうとコースにかぶりつく団体は、画面には僕は入れ込まない。報道操作かもしれないけど、的大適所の解る人間に見て欲しいから、的大適所の的を得ている人に脚光を当てたい。望遠でロウアングル、これもまた、臨場感がある。是非お試しあれ。この写真、たまたま、上で構えるカメラマンのカメラに写らない位置を探し求めての偶然。
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by mugnum-yoda | 2010-01-30 11:14 | Extreme Sports

高度感

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高感度じゃない。高度感だよ。高度何メートルの高度。もうひとつ写真に重要な硬度なんてのもあるけど。ブログ始めた頃に、元戦士様が教えてくれたのは「好感度」笑い。オイラの写真はすべて印象派の手口で固めてるから。記憶は薄れやすく、記憶の中では、色は退色し、感動も薄れる。だからこそ印象派という世界が生まれた。それは、全ての人間の感覚に対してトーンカーブをきつめて明確にする手法を取り込んだ作品を印象派として定義すれば、素人にも解りやすいであろう。これにも縦糸横糸と、いつか、教鞭をとろうとまとめてあるから、話しをしたくて、たまらないけど。もう、ずっと会話らしい会話してないから恋しい。ああ、Sちゃんと、お話がしたい。まして昨日は調子悪くて、朝から食事の嚥下がおかしくて、食べたものが、左の鼻孔に、あがってきて、むせ込んだ。絶えられなくて、エクソシストのレーガンちゃんだっけか?あの首がまわっちゃった女の子?そう、あの子みたいに、嘔吐した。水鉄砲のように、ドピャ〜。って、丁度、目の前にモップで清掃中の僕から見れば好感度の高い看護士さん。「あら、掃除中で丁度良かったわ。」こういう時、過度に心配されるのが辛い。何も無かったかのように、静かに事を納めてくれる人は嬉しいんだ。実はスタッフ紹介の啓示に、彼女のプロフイールが張り出された。うわ、Sちゃんと同じ血液型だ。他の人にはどうか解らないけど、僕には、その血液型は、すこぶる好感度に思える。今、向かいの部屋の患者さんが大好きな人らしき名前を何度も叫んでいる。何度注意されても止めれない。僕も、事あるごとに、大好きなSちゃんの名前を昼に夜に叫んでしまう。Sちゃんの車の音を聞き逃さないように、室温18度なのに窓を細く開いて、外を感じる僕は、「寒いよ!」と隣人に指導される。窓空の景色、実際には積雪によって、地面から僕の居る二階迄の距離が短縮されたのに、見た目の感覚では地面が遠く見えるようになり、高度感が増した。寂しい、地面迄と奥感じると同時に、最愛のSちゃんまでも遠くに感じる土曜日の朝。外出、外泊の準備をしている人が、冬の衣装に着替えている。僕は何も無い。冬から春、春から夏と、全部Sちゃんが衣替えしてくれたんだ。ニセコの仲間が「依田さん冬に外出して撮影出来る服持ってるの?」言葉に、詰まったまま。昨日は、もうひとつ失敗。トイレ迄来ていながら、おしっこが間に合わなかった。気持ち悪かった。パンツの中でジョジョジョ。悲しかった。泣いた。おしっこ漏らした事が嫌で泣いたんじゃなくて、そこに、大好きなSちゃんが居ない事が悔しくてふがいなくて泣けて泣けて、どしようもなく、おしっこの水溜まりに伏した。寒かったからパンツ二枚重ね、したから着替えが無くて、お選択。相変わらず、柔軟剤、漂白剤、洗剤の順番が解らないまま、少し条件が変わると出来た事が出来なくなるの、遂行障害っていう病気なの、昨年の11月23日にSちゃんが洗剤を新調して来てくれた物が、前よりひとつボトルが多くなってから以降、まともに洗濯が出来なくなっちゃったの。Sちゃん、今度、厚紙に手順書いて下さいね。脳外でバルーンカテーテル、そしておむつが長過ぎたらしく、排尿の感覚にずれが、あるままなんだ。病院のスタッフの弟さんが、今期オリンピックの男子モーグルに参加している。病院の代表も、毎年アラスカカナダでヘリスキー、キャットスキーでパウダーエイトを楽しむ程スキーが好きなため、スタッフにもスキー選手だった人も多いんだ。話しはスポーツ写真、スリル満点のスポーツ、スポーツとカテゴライズされるけど、これも報道の意味合いが強くなる。ニュースで新聞で、雑誌で記事に添付されるあれだ。実は僕、ニセコ在住時に、多くのオリンピック選手と知り合い親しくなった。そのオフの滑りなんかをスポンサードされているメーカーのプロモーション用に切り取ったりね。また、多くのウインタースポーツの雑誌社の編集さん、スポーツメーカー、ウエアメーカーサン達とも交遊が出来たしね。まさに、ニセコは天国への階段、天国へ一番近い島だった。SIGMA500mmを手に入れたのも、マンフロットのごつい三脚もオリンピック、そして世界最大の犬ぞりレース等のウインターゲームを見据えてのこと。表から裏からバックアップもあり、PRESSとしての正式なインビテーションもあり、自分の中では、確固たる勝算もあった。撮り下ろしの写真で犬ぞり写真集の話しも行く前から、あったし、道具への支出は痛く無かった。スポーツ写真には、その種目への理解、そして同じ自閉症のレオナルド・ダビンチのように、骨格から筋肉の動き迄も理解しないと、世界の報道基準に叶う作品に並ぶ事すら出来ないんだ。また、それらの選手をサポートする企業の理念なども、その作品を多岐に露出させようと思えば知っておく必要がある。それに加え、普段の報道よりも、美しさが要求される。近代スポーツでは芸術点にジャッジの方向が流れてきたので、今、そして、今年のジャッジングの要点をカメラマンは肌で覚えなければ、ならない。力で根性で制する時代のアスリートが上がれないのが、これらの理解が出来ていないと言う単純なな事が理由だったり。更にゴルフ界で言えばハニカミ王子のようなキャラクター作戦に沿う写真じゃないと、事務所が掲載許可しない場合もあるしね。聞けば聞く程、楽しそうだろ?話しを表題の高度感に、冬期のスポーツが一番高度感を表現する必要が、あるのでは?と考える。ゲームが繰り広げられる山も、高度の表現?「飛行機だ、鳥だ、スーパーマンだ。」のように見上げるアングルも、高度感を助長する。スノーボードのキッカーの下に穴を掘り自分自身の位置を下げる方法も僕は取る。三脚を安定させたりする整地にも折りたたみスコップは必携である。見上げる以外でも高度感を助長させる事が出来る。僕に、それを教えてくれたのはベトナム戦での尊敬するMAGNUM PHOTOの名作、空挺師団の従軍写真で、ヘリコプターから順次、パラシュートを背に陸地に向け飛び出して行く兵士をヘリコプター内部から、少し見下ろす感じの広角レンズで切り取った一枚がある。僕は、笑われるけど、本当に戦場が写したかった。湾岸戦争、訳の分からない言葉で、怖い人達が、僕の荷物を、ひっくり返し、僕も、知らない国で裸にされた。チャンスだったのに、自閉症の症状で、圧迫に絶えかねて、かんしゃくパニックを起こした。猿ぐつわに、拘束衣でパニック自虐を押さえつけられた。昔、ブログ界のじいちゃんに従軍の話ししたらバカにされたときは悲しかったなあ。ともあれ、僕、スポーツを写していると、目の前のアスリートが兵士に見えて来る。「なんて、美しいのだろう。」その美しさを多くに人に見て貰いたい。高度感演出、新春の箱根駅伝の中継のカメラワークの随所に登場する。勿論オリンピックの衛星中継にも、ワイヤーワークで遠隔操作されるデジタルカメラが、アスリートと並走したり。中継を読み解くだけでも、写真のスキルは上がるのだ。デイルームのTV、正面から見ると脳が認識しないので、部屋の右はじから右視野でだけで見えるように座り番組を見るんだ。焦点を合わせて覗き込もうとすると視野が狭まり脳が認識しないから、可能な限り、漠然と、ぼ〜っとした感じで全体を見るように工夫しながらね。スポーツ番組、例えば夕食時間の大相撲、シャッターチャンスでパンと、右手で股を叩いて、ッ練習してる。何だかDVDとかデッキがあれば、映像をポーズボタンで停めて、楽しめるのになあ。残念だけど、CDプレイヤーすら無いのが現実。Sちゃんに逢うのだけが愉しみ。でも運命、Sちゃん、どんどん忙しくなっちゃう。この写真、携行したアルミ脚立と一脚を使用している。僕は何の撮影に出向くのでも大小のアルミ脚立を持参する。風景で,フード撮影で、ライブ撮影で、ウエディングで、葬儀の集合写真で、イベントで、モデル撮影で、スポーツ撮影で。Sちゃんも、自分専用の脚立、ハイヒールでも登れるようにチューニングして車載常備している。不思議と、脚立って、会場から退出するときに、「問当ホテルの備品ですので」「会場の備品です。」「持ち帰り困ります。」とスタッフに呼び止められる。僕の名前に電話番号、それに僕の友人のガイドカンパニーのステッカーが張ってあり、角には反射素材テープしてあるのに、怒られる。しかも、其処の会場に頼まれて仕事しに来ていても没収されてしまう事多し。某撮影会で脚立の使用を、」当時TVで有名な先生に怒られたり、主催の販売店スタッフに奪われたりさあ。その店で買った商品なのにさあ。ニセコ甘露の森さん、ニセコ東山ホテル様、返して欲しいよう。長谷川アルミの黒いステップCROCO(クロコ) すべてのプロフェッショナルへ魅せるブラック | 長谷川工業株式会社見て下さいはじめて購入の方にオススメ。レンズ買ったりカメラ新調するより表現枠が広がります。
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by mugnum-yoda | 2010-01-30 07:52 | Extreme Sports

Red Bull lllume-Image-Quest2010

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[必読]これが、写真だ。と言う鳥肌もの写真イベントを発見。タイトルは何やら世界一過酷な犬ぞりレース風だけど。まず見て下さい。Red Bull Illume -Image Quest 2010あのエキサイティングを広報手段として過激な展開してきたレッド・ブルが、凄い事を始めた。ターゲットは、エクストリーム・スポーツ愛好家でもなければ、音楽クリエーターでもない。2010年、ターゲットに、選ばれたのは、僕、そしてSちゃん、そして、見ている皆さんがコアターゲットに選ばれたのだ。
次世代を担うカルチャーを発売と同時にサポートしてきたRED BULLのプランニングの行方を追うのも、くりえーたーとして、楽しい。実はニセコのクイックシルバーのフリースタイルの大会で、僕はニセコを代表するエキストリーム・フォトグラファーと、日本の広報スタッフから、本国の広報スタッフに、紹介されたんだ。なんと、ニセコの検索で、僕の写真を知っていて、山頂で佇むライダーとハイブリット・ウルフはダウンロードしてプリントしたと笑ってた。ニセコには世界へ繋がる裏口が、沢山あったけど、僕は、毎度、準備が足りず、辿りつけずのまま。でも、それが、重なった事で、世界のレベルの中で、自分が、どの位置に座っているかは理解出来た。紹介してくれる人が、いるからこそ、さらに、それに辿り着こうと一実験を重ねて、今日のスキルがあると信じている。多くの人に、世界を意識して欲しい。なんで、日本の写真雑誌は、日本人フォトグラファーしか紹介しないのだろう?講師も日本人ばかり、なんだか、エキサイティングな、多くのフォトグラファーが嫉妬するようなトータルカルチャー系のアップテンポな写真雑誌をプランニングしたくなった。まあ、取りあえず、紹介したページを見て、何かを感じ取って欲しい。何故、僕がニセコでアウトドアガイドの仕事に鞍替えしたかの理由も、此処に或る。掲載した写真、Sちゃんに逢いたくて、毎日のようにニセコ〜小樽を往復してた頃のシュート。写真を影から応援してくれれる素敵な人が出来て、「私が、貴方を写真で成功出来るように応援するから。貴方も、頑張らなきゃ、駄目だよ。約束だよ。貴方は、時分が解ってないようだけど、貴方の、写真の才能は凄いんだよ。こんな田舎で燻ってちゃ駄目だよ!」とSちゃんに、励まされた僕は、。変わった。幾つかの写真器材も彼女が応援してくれた。トライ&エラーの毎日、毎日、昨日より、何かステップアップするように模索した。独自性を組み合わせの中に求めた。動体描写、そして大自然。尻別川に浮くロディオカヤックの、この写真、川の色を出したかった。長年、川の環境保全運動にどっぷり、浸かって来たからね。早春の陽射しは堅くて川とライダーのコントラストが強過ぎてモノクロみたいで、ここれを回避したくて、流速を先回りするように川岸を走り、大きな橋の下で待ち構えた。スタジオ経験のある方なら、直ぐに閃くであろうデフューズ効果ある、人口構造物だ。平面であろうが映像であろうが、アシスタント・ディレクター時代とは、この応用を肌で覚えるのが任務なのだ。僕も、皆が聞くとびっくりするようなビッグネームの内外の先生達の使い走りをしてきた。例えば武道館ローリング・ストーンズ公演中、キース・リチャーズの弦が切れた。時刻は午後8時、何処で買ってくれば、一番速いか?えっ?キースって弦のゲージは?メーカーは?もし無ければ?第二候補は?ステージ場で弦を張り替える方が見栄えがするが?ギターごと換えるのと、時間ロスは?フエンダー以外持ってマスコミ露出しては、いけない毛無い契約なのか?(ここが重要、試験に出るよ!)テレキャスのカスタムまで買って、タクシー内で弦を張り替え調律してしまおう。なんていつも頭でケーススタディ、予行練習するんだ。COOLSローディー時代の僕の仕事を見て内田裕也さんに、毎年の大晦日の浅草ロックフェスティバルのスタッフを頼まれたりしたことが、ROCK業界に知り合いが増えた由縁だったり。虐められたりもしたけど、楽しかった。僕の写真は、いつもロックンロール。コメント待ってます。
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by mugnum-yoda | 2010-01-27 07:22 | Extreme Sports

記念日

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motion大胆なタイトルに期待をして覗くと、また例の二人三脚カメラマン夫婦の仕業だ。思い返せば去年、この病院に転院したばかりの頃に、我が愛しの相棒Sちゃんは、ニセコでのスノーボードのフリースタイルのセッションに、呼ばれて撮影に挑んだ。病室内で、考えられるシーンを想定しレクチャーもした。また、その撮影の為に、彼女は、新しいストロボと魚眼レンズをヨドバシカメラで新調し撮影に臨んだ。その撮影のデータを僕は彼女より早く目を通した。「どう?使えそう?」の言葉に、僕は、どう答えて良いか解らなくなった。答えた場所が、病院内でなければ、きっと、「お疲れさま、よく頑張ったね!」とぎゅうっと彼女をハグしたかった。愛おしかった。撮影の夜、Sちゃんは、マグナム依田になりたかったけど、なれなかった。その試行錯誤の一部始終が預かったメディアにびっしりと、詰まっていた。残念ながら、どれひとつシンクロしていなかった。メディアの最後にナイター照明に輝くニセコ比羅夫スキー場の夜景が美しく残っていて、それが悲しさを助長した。側にいてあげれない自分が辛かった。「ごめんな。」滝川の病院で昼の番組で「今日は何の日」を見ていた。その直ぐ後にSちゃんが遠路、お見舞いに来てくれた。僕は、「僕たちの記念日って?」と、Sちゃんは、直ぐに「決まってるじゃない、12月5日だよ。マアちゃんが、私の前で、死んで、生まれた日に決まってるでしょ。」「今年は一緒にお祝いのパーティしようね、約束だよ。」あっと、言う間に、約束の日。首を長くして待ったけど、この半年間にSちゃんの前に、又試練が重なった。それを聞く度に、ハグしてあげたい気持ちで一杯になる。「ご苦労様。」身体を動かす事が生き甲斐のSちゃん、大好きな波乗りも、ダンスが踊れるパーティへも一切行かずに、献身的に家族の介護、介助に家業の切り盛りに、家事に、汗している。Sちゃんを何度か訪ねたニセコの仲間によると、何時訪ねても、ちょこんと座り店番していて、いじらしい。との事。そのSちゃんが僕の撮影している所を見てみたいと訪ねて来た夜の写真が、今、皆さんが見ている写真だ。冬なのに、雨が雪にならない。暖かい夜だった。彼女はニセコ、ウインタースポーツ、波乗り、ファッション、犬好き、と共通の趣味があるため、インターネットで、僕の写真を見て、直感的に、僕の写真に恋をしたと話してくれた。ギャラリーがいて仕事が出来ないタイプじゃないけど、「見学させて下さい」と突然、現れた女性の美しさが気になって、気になって仕方が無かった。僕と彼女以外はオーストラリア人だけのニセコらしい夜だった。この夜をきっかけに、僕が撮影の仕事をする時、その美しい女性は、僕のカメラバックの見張りをするようになった。オーストラリア人と、楽しそうに、お話している彼女に嫉妬を、すぐ、その日に覚えたのも事実。
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by mugnum-yoda | 2010-01-26 19:49 | Extreme Sports

Portrait〜教会にて

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Portrait〜教会にてベタな組み合わせ、恐らく世界中探せば、この手の写真って星の数。絵画迄含めると、同じ自閉症のアインシュタイン先生の相対性理論に照らし合わせて考えてみて考えると、その数は天文学であることは、否定出来ない事実だ。ベタな発想は、共感を得やすい利点もあり、広告手段に、ハリウッドの映画にすら、多々登場する。しかし、厳しい評価の目を浴びやすいのも事実である。教会の場は、その先入観が、誰にも或る事であろう。僕の生家の庭、依田さんの森と呼ばれていた森に隣接するように小さな教会があった。今、父と母が住む立て替えた尖り屋根の家の場所に、その昔、宣教師の布教所が、あったらしく、外人の宣教師の奥さんが、町の人にパン焼きや牛乳を使った料理やチーズ作りやらお裁縫を、教えていたそうだ。そんなルーツを持つ家族に生まれた僕は、食事の前に就寝前に「天にまします〜。」と唱える少年だった。コミュニュケーション障害で、普通の人が行く学校では、異端扱いされたが、日曜学校は、進んで物事が出来ない僕も、日曜日は積極的になった。なるほど安息日と呼ぶ訳なんだと、僕は幼いながら日曜日を溺愛していた。教会学校に続いて、お寺の幼稚園が会場になっていた書道教室。生徒が来る前の準備、終了後の後片付けもまかされていてた。テレビも「じゃじゃ馬億万長者」「奥様は魔女」海外ドラマに手に汗を握ったのも日曜日。雨が降ろうが風が吹こうが、僕には暖かった日曜日、おまけに、当時同居していた。父の一番下の妹、つまり、叔母ちゃん。僕は彼女が大好きだった。日曜日は、その叔母ちゃんのお勤めも休みで、一人っ子だけど、日曜日の午後だけは、つかのまの兄弟気分を味わえた。発症前の小樽での暮らし、最愛のSちゃんが僕に「遊ぼ。」とモデルとカメラマンごっこに応じてくれたのも日曜日だった。今は、毎日、次は何かな?と楽しむ事が出来たSちゃんがプレゼントしてくれた日めくりカレンダーを修了して曜日の感覚までが薄れてしまったけど、日曜日は、本当にSちゃんが狂おしい程に恋しくてたまらない。教会は暖かだった。広い意味で捉えて、人を暖める場所。まして、写真を写した日は、小樽に初雪が降った日曜日。寒気から二人で逃げ込んだ教会の風除室は風を遮り、ステンド越しの太陽に抱きしめられた、その場所は特別に暖かく感じた。其処に佇む彼女に玄関脇のマリア様が乗り移ったかのように、僕にはとてつもなく、神々しく思えた。彼女の存在そのものも、僕には暖かい教会であり、安息日であり、大好きな日曜日だった。
ストーブも拝まれており安息日 /依 田 昌 也
北国では、ストーブもまた信仰の対象である。ストーブのような彼女から買って貰った石油ファンヒーターのタイマー修了時間に流れるエルビスの名曲”LOVE ME TENDER"を急に思い出し涙が止まらない。本日、シーツ交換タオルケット毛布のクリーニングの日、看護士さんが「依田さん、彼女さん、毛布の換え持って来てくれたの?お願いしたんでしょ?」答えられない僕。病気のせいなのか、看護士さんに悪気が或る訳じゃ無いのは解っているけど、虐められているとしか思えない。子供の頃、小学校の先生も、僕を呼ぶ時「こら、そこの泣き虫!」同級生達も「おい、泣き虫。」と僕を呼ぶ。自閉症の僕は、しくしく、とかくよくよ、なんて泣く事が出来ないんだ。アニメの「田舎っぺ大将」の主人公、大ちゃんの如く、大声でビエ〜ンと涙をドバドバって溢れさせながら顔をぐしゃぐしゃにして泣く事しか出来ない。「大魔神出て来たな。」となき顔を先生が笑う。
冬野菜ふうふうして食み日曜日 / 依 田 昌 也
札幌の手術した病院から滝川の病院に移っての最初の外出、「まあちゃん、遠くて、前のように毎日お見舞い行けないよう。」と口を尖らせながらも、我が女神Sちゃんは、小樽〜滝川のディスタンスにも負けずに来てくれた。外出は買い物の遂行訓練を考えてスケジュールを組んで、Sちゃんは僕専属の作業療法士を担ってくれた。滝川と言えば「松尾ジンギスカン」Sちゃんの食事は、普段から、スポーツジムのトレーナーだったせいか、その食事が身体にどう影響するかを考えてのセレクト。この日も長い病院暮らしで足り無い栄養素と力を補給する意味で久しぶりの鉄鍋を囲んだ。まず、Sちゃんは店の方に僕がリハビリ中だと言う事を告げて僕の苦手側をフォローする形で着座してくれたSちゃん。肩から伝う体温は麻痺にも関わらず、暖かだったのを記憶している。ドキドキした。嬉しかった。前掛けしてくれるために、偶然ハグの形になった瞬間を今でも、昨日のように思い出す。鍋の肉の様子をみるSちゃんの箸さばきが美しかった。どんな動きをするときでもダンスだった。DAISHI DANCEと言う有名DJを僕はSちゃんと二人でかぶりつきで写した事があった。その時もSちゃんは足でビートを刻みながら、Nikonを手に抑揚たっぷりに全ての間接をグラインドさせていた。僕は目の前のアーティストよりSちゃんに見とれていた。DAISHI DANCE氏がプレイしながらコンデジで僕とSちゃんを写していた。嬉しかった。久しぶりのラム肉の味は美味しかった。Sちゃんの口の動きにあわせて「あ〜ん。」ムシャムシャも、Sちゃんの動きを鏡のように真似た。札幌病院では毎食繰り返した摂食嚥下訓練。このSちゃんの献身的な介助のお陰で、点滴と並んで、ぶら下がっていた、フードバッグが取れ、医師もびっくりする程の術後の回復となったんだよ。と看護士さんが検査で訪ねた時に教えてくれた。二人は織りスタイルのSちゃんが施してくれた訓練は作業療法士さんから見ても理に叶っていたんだって、想いの力が奇跡的な回復を呼ぶとメスを入れてくれた。先生が教えてくれた。Sちゃんの僕への想い、僕のSちゃんの想いが生んだ軌跡として、第三者が一見して、何処が悪いのかすら見当たらない程に回復したんだって。「でも、何で一緒に暮らしていないの?」だって、ちょっと不思議だった。聞くとSちゃんは先生に「依田さんの事は私が責任を持って、また以前のように写真が写せるようにして訓練して、一緒に仕事します。そうしてもらわないと困るんです。本当に大切なんです。」と言ってくれたんだって。先生のカルテの余白一杯にSちゃんから聞き取った言葉が記録されていた。ラム肉、本来は柔らかいんだけど、何度噛んでも食いちぎれなかった。もっともっとと、Sちゃんが顔を寄せて来てあむあむを僕に更に促す。噛めば噛む程に嬉しかった。それに加えて顔と顔の接近遭遇に嬉しくて気絶しそうだった。子供の頃から特別の日の、お約束のようなラム肉の味、羊、教会の劇では、毎回、酪農の家に生まれた僕は羊飼いの役が専門だった。今、僕は、相も変わらずに迷える羊だ。ある教えでは、この地球に存在する全ての命あるものは羊だそうだ。僕は同じ羊でもジンギスカンのラム肉のように、誰かに喜んでもらえる羊になりたいと、Sちゃんと鍋を囲みながら強く思った一年前の日曜日。Sちゃん、一杯、ありがとう。また、御飯しようね。何度も通った、あの店で、皆さんが写した。あるいは、皆さんが知っている。ベタな教会との組み合わせ作品を僕にトラックバックして、教えて下さい。この写真を写す時、いつものように似たシュチュエーションのアートがフラッシュした。それに、はめ込むように画像構築するのがサヴァンなる僕のスタイル。この時決め手になったのがHelene Knoopなる若き女性アーティスト。まるでルネッサンス時代から現代へ時旅行してきたような彼女の作風を他人とは思えない程、僕は共感した。「今、僕が写しているSちゃんの写真をヘレン・クノープさんに、フイニッシュしてもらいたいなあ。」と思った。僕は共同作業の中でクリエイションのスキルを挙げて来た人間だから、独りで挑んでいても、誰かとの作業を王呈してしまう。完結してしまうのは嫌だ。完結してしまうのが怖い。同じ自閉症の映画監督の作品、エピソード1、エピソード2、エピソード3と、じれったい程、完結しない。基本的に大好きな人の側から離れられないんだ。僕が肖像写真の為にカメラを覗く時、大好きな二人の巨匠なら、どうするかと自問自答する。その二人とは、肖像絵画世界にKIVE感を取り入れたJohannes Vermeer、そして僕の写真初心時代からの憧れ篠山紀信先生だ。特に三嶋由紀夫氏と山口百恵さんを写した一連の名作が、いつも脳裏に浮かぶ。篠山先生と運良く仕事で接近出来たTVガイドの表紙のデザイン・ディレクション。僕は、相変わらず何故何?少年で、それらの名作の撮影エピソードを失礼にも質問攻めしてしまった。嬉しかった。その場には、いつも東京ニュース通信社の重役も同席したが、巨匠は快く相手をして下さった。
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by mugnum-yoda | 2010-01-26 08:52 | SWEET LOVE

ワイエスのように

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友人、馳星周氏がインタビューに、「ヘミングウエイのように書いてみたかった。」と何度か話していた。彼と彼のスタッフと噴火湾岸を車で走ったときも、それを彼は、語っていた。自ら独自のスタイルを打ち立てている分筆家ですら、何処か心の片隅に、ありふれたスタンダードをトレースしてみたい。がある。これを公で答えてから以降の彼の文体が、ヘミングウエイに留まらず、スタインベックやらのアメリカ文学全ての匂いがするようになった。しかも、それらを翻訳したようなスタイルを纏ってね。トレースしても、崩れない自信もあるのだろう。クリエーターにとって、未踏の道など皆無になった時代にこそ、あの日のあの作家の気持ちになりクリエイトする事は、BACK TO THE FUTUREのデロリアン号で旅をするかのようにエキサイティングだ。ああ描きたいとロジックを繰り返していると。ふと、いつもの噴火湾がメイン州の海に、いつもの石狩湾がアイルランドやアイスランドに突然見えて来る。見えて来ると言うより、タイムスリップだな。祈らなければ、案じなければ時空を飛べない。クリエイションとは時間旅行だ。誰にでも翼があるんだ。使う癖が無いだけだ。タイトルのワイエスはアンドリュー・ワイエスの事、シートベルトの準備が出来た方から画像検索、let's TAKE OFF!
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by mugnum-yoda | 2010-01-25 14:09 | SWEET LOVE