2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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大漁旗とベンツ

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2008年7月6日。皆さんはベンツにどんなイメージを抱いているのかな?フォトグラフぁーを始めとするクリエイターにも人気があったけど、今は、どうなんだろう?原宿時代、当時の社長であったCOOLSのリーダーのベンツで、僕は乗り心地、室内の密閉感、加速路の安定感。毎日のようにWAXをかけ、そのボディの塗装の厚さ、金属のRの美しさを覚えた。注目度、ステータス感も、明治通から青山へ、給油に通うだけでも味わえた。その頃、僕は映画「ブルースブラザースに感化されて、オンボロのキャディラックを愛車にしていた。古いRock&Rollの歌詞に、頻繁に「キャディラックでもダイヤモンドでも買ってやる。だから、側に居てくれ.」的な常套句が有る。やはりダイヤモンドと並べるのはキャディだからね。アメリカじゃ成功を掴んだ証のように、ELVISが手に入れて以来、後続のセレブリティは、こぞってキャディラックを手に入れ赤い絨毯の端に車を停めた。ベンツもキャディラックに継いでセレブリティに愛されるようになったのは、それから20年は遅れる。あのウッドストックの女王、ジャニス・ジョプリンの「ベンツが欲しい」は、アメリカン、セレブリティを動揺させた。この曲のヒットにアメリカと言う新しいマーケットをターゲットとした.何らかの、プロモーションのプロによる戦略が秘めているのではないかと?僕は同業者として疑い調査、推理したのだが、どうも決定打が掴めなかった。そんな僕の話を面白がったローライダー系、改造車の専門雑誌に、それを元にしたベトナム戦争をも販促材料としたアメリカ音楽業界とビートニク&ヒッピーの短編小説を掲載させて頂いた事が有る。北海道でのベンツの扱いは、積雪そしてアイスバーンの環境で、四季を通して愛用する事は難しく、でも人口,一人に対しての土地面積に余裕が有るから、車を一台に絞る事は無いから、最愛のSちゃんですら、そうであるように、獄一般的に複数台、車を併行所有する事は珍しく無い。その中で、ベンツは、やはり成功のシンボルであり、悪い言い方をすれば、成り上がり者の勲章のようにね。特に若い農業経営者、若い網元さんが、ちょっぴりヤンキーな乗りで所有する方が多いベンツである。この所、国の政策に守られた、海洋牧場的な養殖事業が補助金も有り、死のリスク高い沖合に船を出す事無く収益も安定する為に、若い後継者も育ち、都会的なオール電化の新築住宅を海の見える一等地に建てセレブリティ生活を大家族と共に送っているのだ。その昔、北海道ぎょれんの銀行であるマリンバンクさんのロゴ、キャラクターデザイン、ポスターに至るまで手がけさせて戴く中で覚えた、漁業経営の収支に、かのヘミングウエイが男なら漁師にの言葉が頭に共鳴してたまらない時代があったが、新規就農には挑戦し、赤字で大失敗したが、漁業に関してはアウトラインは下調べしたが、ついに憧れのディーゼル漁船にて絵付け金を打つ事なく、昨日の海の日を迎えた。こんなに海が好きなのに、病院から、海までの距離は5分と無いのに、海の日に、海が見れない寂しさ、悲しさ野中、久しぶりに大好きなSちゃんの名前を叫びまくった。本当に連休は、外出、外泊者多くて、更に、知人友人が面会に来る人も多いしね。連休は心細いと悟る送り主から海の日に必着で、多くの人に精神安定剤効果ある贈り物が届いており、悲しいけれど嫉妬してしまうしさあ。今夜も34℃、相変わらずタオルケットが無い僕。更に本日、お気に入りにサンダルのソールが剥がれて、顔面からダイブしてしまった。明日から履くサンダルが無い。悲しい。写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願いますところで、なんいなのかな?
こめんとも、すごいうれしいです。おてがみも、ぽすとかーども、ありがとう。かめらも、しゃしんきざいも、もってないけど、しゃしんをあーとと。とらえるかたには、いろいろ、おおしえできることがたくさんあるとおもいますので、なんなりと、しつもん、およせください。よろしく、おねがいします。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-20 20:12

何時も特等席

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2008年7月27日の記憶。振り返れば、僕は、どのカメラマンよりも上座に陣取らして頂いた。この写真の朝も、最愛の不思議な力に誘われて小樽の漁港へ、車を停めた目の前で、祭りのハイライト「潮わたり」に出向く漁船が、祭りの飾りを付けている真っ最中であった。漁師が埠頭に置いた祭りの幟をちらりと見た瞬間、僕は、その幟が、今、彼が必要なんだと悟り、束ねられた何本かの幟を、その若い漁師にの元へ、僕は、断りも無く岸壁から1メートル位距離を置きアイドリングエンジンで待機する。まだ新艇の雰囲気の残る、真っ白が眩しい漁船に乗り込んだ。船に立つのは久しぶりであった。丁度、僕の船舶免許で操船するのに手頃な漁船であった。そんな事を考えながら、幟で船を飾る手伝いをした。赤と白で染め抜いた。「潮まつり」の幟をセットのプラスティックの組み立て式の白い支柱に通し、要所、要所を付属の紐で結んだ。広告業の中で数えきれない程,繰り返した作業だ。東京のレンゴー産業での捨看板の仕事に
はじまり、三菱自動車販売の販社様向けのSPツールに、ダイア建設さんのモデルハウスオープンの来場者誘導の幟。そんな経験で手慣れた僕の作業に、若い漁師も彼の奥さんも、僕の手順を真似てくれた。僕は何故か何も話さなかった。時間にして、ほんの僅かな出来事であった。彼の目線が今度は、僕を此処まで運んでくれたまま待機してい相棒Sちゃんと、Sちゃんのワゴン車の横に置いたままの大きなマンフロットの三脚とカメラバックを見ていた。Sちゃんは彼と何度か視線が合う度に、彼に何度もお辞儀していた。「奥さんかい?」と彼はそうだと答える方が早いときもあったが、この時は「彼女は仕事のパートナーなんだ。」と答えた。「うちと同じだな。」と彼は彼の奥さんの腰を抱き寄せ僕に笑った。「兄さん、仕事はカメラかい?」僕は横目で大好きなSちゃんと視線を交わしながら、彼の問いに、ただ、首を、しっかり縦に振った。小樽は職人の街なのもあり、多くの芸術家を排出した歴史、黒船以前より大陸との交易があった街であり、そこに暮らす人は僕らのような横文字商の専門職に対して何の疑い無しに歓迎してくれるのが嬉しい。ニセコの近くの蘭越町などは、スナップにカメラを持ち歩くだけで覗き趣味のある変態だと通報までされてしまう。そんな事ばかりだった。そんな僕に小樽はエルドラドであった。勿論救い出してくれたのは、最愛のSちゃんである。

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# by mugnum-yoda | 2010-07-20 09:16

祀り舟

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2008年7月15日の記憶。祭りは、つまり神は、
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# by mugnum-yoda | 2010-07-20 06:53

官への敬い

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2008年7月6日の記憶。小樽の7月は、神事が毎日のように何処かで行われている。僕は、その神そのものより、神を信じる人々の姿にすこぶる尊厳的な美を感じる。そんな瞬間を追い求めて、小樽を巡回するバスに幾度も乗り込んだ。僕の写真には頻繁に官へ使える人々が登場する。ただ只、格好いいと思う!僕は制服フェチである。その昔、COOLSのスタッフの制服が黒の羊皮のポリスシャツに黒の皮パンツだった。今思えば写真のスタジオ仕事に向くような出で立ちであった。偶然の巡り合わせか?僕の隣のベットには元警察官であった方が休んでいらっしゃる。本当に、心身ともに擦切れるそうだ。お疲れ様です。復帰の暁にもHEROIZMを胸に抱きシャッターを押して行きたい。敬礼!写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願います
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# by mugnum-yoda | 2010-07-20 06:24
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2010年7月15日の記憶。僕のベターハーフのSちゃん、この日は、もう、めちゃくちゃ可愛いのに、置きピンで待ちたいのに固定出来ない。しばらくぶりのカメラだからかな?末梢神経がアクティブじゃないから家な?悲しい。動体視力、動体描写得意だったのになあ〜。ピント合わせも早くて、人間ハイスピードモーターと笑われたのになあ。悲しい。その昔の名刺に刷り込んだキャッチコピーには、「動体描写の匠」って入れてたのにさあ。残念。やはり、写真の仲間が言うように、僕のスタイルに相応しいのは、同じNikon機で、速写性に優れたD300sなのかな?お金なんか、今の僕じゃ、どうポケットを叩いても、逆立ちしても出て来ない。でも、手に入れると何かが変わるような予感はする。出世返しみたいな事が出来れば良いのだが?また、誰かが使って居ない人が居れば良いのだが?今、残された身体の機能でも、頑張れる写真器材が、凄い欲しい。皆さん、僕に仕事を下さい。相棒のSちゃんに支えられながらですが、声をかけて頂いた恩は、僕も彼女も使役犬タイプだから、とことんで着る限り、頑張るからさあ。宜しくお願い致します。写真のように、いつも大好きなSちゃんの笑顔が満開になるように、頑張る事を、この場を借りて宣言します。GIN-ICHI オンラインショップ - トキメキサマーセール見ると幸せが待ってるよ!写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願います
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# by mugnum-yoda | 2010-07-19 20:25 | SWEET LOVE
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2010年7月15日の記憶。僕が入院中に起きた事件の事を、最愛のSちゃんから聞いた。全く浦島太郎な僕。恥ずかしかった。写真を仕事にしているのに写真業界で起きている良いニュースも、悪いニュースも聞く手段も無い事に、悲しかった。手術をした急性期の僕を尋ねてくれた写真仲間は、今度来るときは写真雑誌持って来てあげるね。と言う人が多かったが、結局、入院中、手に出来たのは、つい先日、お世話になっている写真器材の輸入販売の株式会社テイク様から届いたCOMMERCIAL PHOTOのバックナンバーのみ。嬉しかった。ふとアフターサービスの事を思った。庭師の頃、仕事をさせて頂いたお宅へは、何の電話も無かったが、その老人一人暮らしの家に用も無いのに声を出した。丁度今時だと、縁側で戦時中の話を聞きながら、一人では食べきれないからと前置きされ縁側で西瓜を頂いた。夏休み、フイッシングガイドで夏休みの親子をニセコで案内した。釣った魚を夏休みの宿題にもって帰りたいと、その子は泣いた。写真を写してあげたのだが、それじゃ学校で信じてもらえ無いと、更に泣きじゃくった。僕は、その時、ある事を思いついたので、彼が釣り上げた糧を、こっそり隠した。そのまま二人と別れたが、ホテルの夕食の終わる時間を見計らって、日中の、僕が所属するアウトドアガイド・カンパニーの車では無く、僕のマイカーでホテルの車寄せに駐車した。ふたりをピックアップし、暗い夜道を走り深い森と隣接する公園の大きく明る伊水銀灯の前で彼らを下ろし、僅かの間にホームセンターで揃えた捕虫網とプラスティックで出来た。魚にも昆虫にも使えるような華奢な篭を渡し、僕は、いつも車載している愛用のラストライト社の180×120cmのシルバー/ホワイトのリフレクターを白い面を水銀灯に向けて立てた。実は、僕から林野庁のフォレストガイドの講座を受講した方なら知っている夏の昆虫採集の必殺用具である。その夕暮れも、お父さんが興奮する程、カブトムシ、ミヤマクワガタ、カミキリ虫が怖い程に、集った。全部、持って帰りたいと、今度は、僕と同世代のお父さんが、ぐじぐじ言って面倒だった。ひとりに付き一種類、一匹と、勝手に何の根拠も無く僕は言い切った。照れた。親子をホテルまで送り届け、今度はお父さんの招待で、僕はその親子と、そのホテルの温泉の露天風呂を楽しんだ。「依田さんのお子さんは何人ですか?」「何歳ですか?」いないよ。」と答えると不思議がられた。何時も、そう思われる。子供は嫌いじゃない。むしろ好きな方である。ブラット・ピットのようにしてみたい気持ちもある。翌朝、ニセコを発つ親子を見送りにまた、ホテルに。昨日、彼がつり上げた虹鱒の小さな方を、囮鮎を生かして置く特殊なクーラーバックに乾電池でエアを吹き出すブクブクを取り付け、中には取れ立ての湧水と虹鱒と氷らした畜例冷剤アイスノンを入れ彼にクーラーと、僕のニセコの住所を書き記したクロネコヤマトの着払い伝票を渡した。所属していた、ニセコ・アウトドアセンターで、過剰サービスで怒られていたが、だが、奏せざる得なかった。こう言った行動をついしてしまう僕は集団行動に向いていないそうである。株式会社テイクさんをはじめ、先だってボーゲンイメージングからマンフロット株式会社、そしてGINICHIスタジオショップさん、プロペット株式会社さんから、僅かな少量ロットの取引しかさせて頂いていないにも関わらず復帰に向けてままならない僕を案じて頂き。嬉しい夏を過ごしております。その昔、朝日生命さんと三菱自動車販売のセールスマン真ニュアルをデザインした事があるが、其処にあったように列記した会社の皆さんは顧客のメンタル面をも読みとったアフターケアと言う。欧米的な顧客対応の厳しい従業員教育を受けたのであろうと想像いたします。株式会社テイク様、暑い中,本社移転おめでとうございます。見ている皆様にお知らせ、GINICHIスタジオショップの激安のGIN-ICHI オンラインショップ - トキメキサマーセール、いよいよ7/23迄となりました。この機会を見逃さないでね。僕にプレゼント贈るも良し(冗談ですが…、)絶対GIN-ICHI オンラインショップ 見てね!わくわくするよ!さて相棒Sちゃんから聞いた写真業界のニュースとは、僕が麻布十番時代デザイン&アートディレクションさせて頂いていた東京ニュース通信社の、皆様ご存知のTVガイドの表紙を撮影して頂いてた、あの篠山先生のニュース。僕が、今、写真の専門学校出ていないのに、いっぱしのライトを組めるのも、この時期の先生のスタイルを一度、同じ機材を揃え完全コピーした事が始まりなんです。その当時、土屋さんがアシスタントされていて、思い返せば、ディレクターを良い事に「ああして!」「こうして!」とこうるさく土屋さんを使ってしまいました。恥ずかしい。篠山先生が、僕にいつも、おごってくれた、麻布十番、一橋バス停前の2階にあった上海カニで有名な韓国料理店の名前なんでしたっけ?土屋さん?僕は、このブログのアドレスにgekisyaと使っているのも、篠山先生の大ファンであり続けている事を、皆様に伝えたくてね。篠山先生の
写真を部屋に飾ったのは中学生時代、矢沢永吉率いるCAROLのレコードジャケットとポスターを。その矢沢永吉さんが、今、入院している病院から車で5分の場所で開催されるライジンググサンinEZOと言う夏のロックフェスにやってLくる。僕は性懲りも無く、矢沢永吉さんの写真を写したいと各所にラブコールさせて頂いている。本人に直に泣き言言いたくて、エーちゃんと親しいCOOLSの先輩に、少し手伝って頂いている。本番前に彼の新譜誰家聞かせて
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# by mugnum-yoda | 2010-07-19 19:58 | SWEET LOVE
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今の僕の目標はこんな感じの撮影Mola spotted: Victorias Secret Shape Shoot mola-light blogアートディレクターとして、水回りのスポーツ用品、ウエア,グッズの撮影の立ち会いで触れて来たアメリカ西海岸的アウトドア、グラーマーシューティングの現場。当時、僕が起用したモデルは、当時活躍中のサーファー、ウインドサーファー。人気TVドラマシリーズの「ベイウオッチ」の格好良いアスレチックボディのセクシーなお姉さん。名前?思い出せない?自閉症のキャリアの人が、そうすろように、僕も、精神的に嬉しかった事、心地よかった事を何度も繰り返したい。この不思議な癖は、良く映画のシーンにも使われる。モネ的に同じ構図の絵を何枚も何枚も描くのもそうだ。ミケ・ランジェロが製作に没頭し始めると、お風呂も食事も睡眠も取らなかったのも、制作する事を止められないんだ。さらに彼は気に入った洋服を着たきりで着替えた事が無い。僕を、直接知る人なら、似たような面を僕に見た事があるだろ?子供の頃、プラモデルを作るのが得意だった。日頃不機嫌な子が楽しそうにするので、当時、同居していた父の直ぐ下の歳の大好きな叔父、トシちゃんが、次から次から、新しいプラモデルを買ってくれた。早く作っちゃって、「ゆっくり大切に作りなさい。」と母は言ってたけど、母が言うように自分をコントロール出来なかった。逆に、トシちゃんは、僕の組み立ての早さを楽しんでくれて、ドンドン大きなもの、ドンドン高度なものをプレゼントしてくれた。そんな中で僕は田宮模型の改造コンテストにハマり、更にはカメラを手にして戦争のジオラマコンテストに頻繁に入選するようになる。気分は映画監督。脚本は赤い表紙の第二次世界大戦戦記シリーズ。バルジの森の戦い、砂漠狐ロンメル戦車軍団、ノルマンディー上陸作戦。相レベルのクローズアップの応募作品が多い中、僕は何故か?飛行機から見たダイスペクタルなワイドな俯瞰で作品にしたかった。戦車軍団の大移動だもの、同じ種類の戦車のプラモデルが60台も必要だった。当時、人気のプラモデルだから近所の子も同じ戦車を持っていた。当然、借り受けた。勿論、自身も工作やアートが好きなトシちゃんも応援してくれた。ある日、砂場で、砂場の砂は、僕の一番の理解者であったおじいちゃんが、砂漠の砂を再現するなら一度ふるいにかけて焼けば良いと稲の温床に使う粉砕した、おじいちゃんの仲間の多い昭和新山の火山礫を混ぜて、おじいちゃん自ら作ってくれた。僕がしつこく赤い砂浜にこだわる理由はここにある。その砂場に戦車、装甲車、ジープ、輸送車、歩兵を併せて何百も並べジオラマ作りをしていた。其処に突然、父が飛び出して来て、狂ったように素コップを振り上げて、其処に並べられていた全てのプラモデルを叩き潰された。「何度言ったら解るんだ!」「おなじものばっかり集めて!」友達から借りたものまで捨てられた。その素コップで僕も何度も叩かれた。この時、生まれてはじめて、自分の中で何かが壊れる音が聞こえた。本当に、その日を境に壊れた。街の店で、隣町で、捨てられたと同じプラモデルを全部盗んだ。店に無くなったから札幌まで行って。終いには、大好きな同居する叔母タケちゃんのお財布からくすねて.そのプラモデルを注文した。それでも、また揃えると父は捨てた。いたちごっこだ。僕はすっかり盗みの常習犯。上京してデザインの道へ、製図用具のロットリングも烏口も定規も筆も、マーカーも、用途に合わせて似た形のものを沢山用意しなきゃならないけど、父には僕の悪癖としか見てくれない。機械いじりした事がある人なら、10番のネジには10番のスパナ、レンチが必要なの解るでしょ?波乗り始めれば季節に応じてウエットスーツの厚さや形変える。波のサイズ,パワーに併せてサーフボードのデザイン、長さ,浮力、フィンの形変えて揃える、釣り具なんかも、そうだよね。まして、アウトドアのガイドとなれば、案内した人に使って頂く分も揃えるのが常識。そば屋に来るのにマイ箸を持参するような人は稀である。専門職としてサービス業として、似た道具を揃えなきゃならない世界を説明すると、父は決まって「お前の爺ちゃんが機械いじりを、トシちゃんに許したのに俺には許してくれなかったんだから解らないんだ!」と大声で怒鳴り癇癪を起こす。大人になり父の叫びが解るようになってきた。恥ずかしいけど父も僕と同じ自閉症アスペルガーで、更に強度の潔癖性、脅迫障害キャリアである。曾祖父、祖母、父、そして僕、更には親戚のあの人。我が家は各分野で、父方、母方ともに天才の多い血筋だけど、皆,それぞれ僕と同じように葛藤にもがき続けている。僕がくも膜下手術で倒れ、恐らく父は冷静を装っていてもパニックだったに違い無い。急に家に戻らなくなった僕に、犬達が泣いた。犬の面倒は最愛のSちゃんが見てくれていたのだが、その家の大家さんから、家の老朽化で解体を理由に立ち退きを言い渡された。少し家賃の遅れはあったが、完済したのに、爆発した風呂釜も、壊れたガスも水道も直してくれないのに、黙って暮らしたのに、壁の弁償、畳の弁償。前家賃と敷金で、収まる範囲なのに、今の病院の主治医も看護士も認める、ええ格好しい性格の父は、大家の無茶苦茶な話を鵜呑みに。まして脳外科の主治医が、発症前の生活環境はリハビリ復帰に、無くてはならないものですから、僅かな望みが少しでもあるのなら、お父さんが、頭を下げてでも確保して挙げて下さい。とアドバイス受けていたのにも関わらず。パートナーのSちゃんも、最後まで、父に鍵を渡さないように、本当に頑張ってくれたのに、彼女の眼を離した隙に、父と父が連れて来た実家がある町内会の解体屋を連れて来て、根こそぎ荷物を始末されちゃった。アウトドア用品も竿もサーフボードも、また友達から預かったものも、大好きなSちゃんから預かった修理品まで加えてね。パソコンも、製図機機も、草刈り機も、造園仕事、アルバイト使うまで大きくやってたから沢山あった。それに犬用品、そして犬達も、強引に連れてかれちゃった。写真の撮影用品も根こそぎ持って行かれちゃった。父の話では、僕がSちゃんが立ち合わないからだ!と病み上がりの僕に、大好きなSちゃんにまで罵声を飛ばす父であった。後日、実家の道路向かいに住む近藤さんが、「小樽の家から引き上げた荷物を実家の街の山奥の作業現場に根こそぎタイヤショベルで埋めてくれた。お前も近藤さんに感謝しろ!」って不法投棄を、誇らしげに話す狂った父。形有るものは壊れるのは解っているけど。今、思い出しても涙が止まらない。海外で得た撮影のノウハウを再現するに、打ってつけの、元ミスコンでグランプリにも輝いた歴史もある、水泳でスキーで、器械体操でダンスで、国際大会の予選まで昇った小樽が生んだスーパーモデルSちゃんとの、テストシューティングの日々を、明日からでも繰り返したい。その為の機材が欲しくて堪らない。そして再び練習を重ね。発症前に撮影依頼してくれたアーティスト、作家、犬愛好家、先輩、友人、そして道内道外の親類の皆様の肖像写真のお約束を果たす為にパートナーのSちゃんとお仕事にお伺いしようと計画しております。必ず行きますので、出張撮影用の撮影機材を用意する手助けして頂ければ幸いです。まずは小樽からフェリーで、母方親族の集中する軽井沢界隈へ直江津経由で入いれればと願っております。Sちゃん、またお手伝いお願いいたします。リンク先の動画見れたかな?
きっと、君も、あのシチュエーションで写されるの悪く思わないでしょ?前に、話したでしょ、金か銀、もしくはエナメルの水着のコスチューム用意してって!この動画のスタイリング、まさに僕のイメージしていた通り。実は僕がアメリカ滞在していた時代から常套手段なんだ。動画見て、何処の浜に僕が行きたいかも解るよね。めちゃくちゃ僕は君が大好き。だから、めちゃくちゃ格好良い写真を写したいんだよう。お願いね。写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願います
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# by mugnum-yoda | 2010-07-19 09:34

そろそろ出船だね。

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夏カモメ 現れ病棟 客船に / 依 田 昌 也
この写真を写した朝も、僕を見失わない距離に、最愛のSちゃんがいて、僕の撮影の一部始終を、家業の配達、仕入の連絡を待ちながらワゴン車の運転席から見ていた。2007年の夏の日。PCの中の、この写真を眺めながら2009年の夏、僕は病院から一歩も出ずに、大好きなSちゃんとの時間を来る日も、来る日も回想した。そんな時、窓から中庭越しに空を見上げると、一匹の大きなカモメが紺碧の空に円を描いた。その瞬間、僕の病院が白い客船そのものに見えた。その日から閉鎖環境で行動制限が多い病棟だが、病室では無く船室だと思うと、すこぶる心が楽になった。窓からの現実の景色は変わらないが、毎日、見続けていると、何かの拍子に、心が変わると、目の前の景色が、がらっと変わる。僕に、その何かの拍子を与えてくれるのは、いつも最愛のSちゃんだ。この俳句に登場する夏カモメとは、勿論、最愛の僕の女神Sちゃんの事である。芸術表現に於けるメタファー(隠喩)に深層心理の自分を込める事は、セルフレスキューである。絵画も音楽も、文学も、勿論、写真、映画も何かしらの寓意性を孕ませなければ、昇華しがたいのではと、精神科的病状の治療を受けながら僕は考える。見ている写真ブログの皆様。僕に貴方の心を見せて下さい。本日、僕は.早朝、休日のリーダー看護士さんよりSUNSTAR STROBOさんより届いたダブル調光できるD-seriesジェネレーターの詳細カタログに、何時に無く、少年の頃のように、心ワクワクです。あの娘に逢いたい。あの娘が写したい。カタログ奥って下さるメーカー、取扱業者の皆様、本当に、ありがとう。僕はアートディレクターとして、デザイナーとして、コピーライターとして、製版職人として、印刷機オペレーターとして、DTPのプロとして、版下屋として、イラストレーターとして、写真家として、数えきれない程のカタログの製作の現場の中で生きて来ました。はじめてが19歳の時で、現在49歳だから30年、経験を積んで来たので、カタログを手に取る喜びは、初孫を抱きしめる翁のような感じです。ありがとう。運んでくれた運送屋さん、ありがとう。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-19 07:38
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2008年7月15日の記憶。思い返せば、三年前の夜も、そうだった。僕が絶好の撮影タイミングの時に、誰よりも上座に席を何者かに誘われて陣取れた日は、必ず、最愛のSちゃんに、誘われて現地まで彼女に運んで頂いている。水難救助訓練の時も、潮渡りの朝も、潮太鼓の夜も。ロシア貨物船激写の朝も、火事報道も。彼女に誘われた日は、不思議と、どんどん僕を核心に送り込もうとする見えない力が僕を誘導した。社務所の人が、警備の人が、警察官が、消防士が、税関職員が、こと小樽に於いては僕と最愛の相棒Sちゃんの侵入を妨げる場所は無かった。不思議だった。彼女が元小樽市役所の職員で事情通なのを、差し引いても僕には神のご加護のように思えて仕方が無かった。ひょっとして彼女は、子供の頃に自転車の荷台に括り付けて、爺ちゃんの元へ運んで来た瀕死の白鳥の化身で、僕に恩返しに来たのではと疑った事もある。ニセコ近くの目名川と尻別川の合流で、ある暑い晩夏、渇水で昇り下りの道を塞がれたもがく鮭の一軍を、僕は狂ったように裸になり鮭を救い上げTシャツを濡らしくるんで、遡上出来る水量のある伏流まで運び水に返した200匹近くの鮭の一匹が彼女だったのでは?とさえ思った。物語の「蜘蛛の糸」を今も尚、信じている。彼女には鰭も翼も無いけど、僕に翼が欲しいと言い出した事があった。もしも、TATOOを入れるなら?の話の流れでね。天使の形や龍の形はしてないけど、僕にとって彼女は女神そのものである。彼女のブログ住吉神社にても見てね。写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願います
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# by mugnum-yoda | 2010-07-18 17:39
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2010年7月15日の記憶。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-18 13:03 | SWEET LOVE
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2010年7月15日の記憶。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-17 20:41

許しておくれ

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2010年7月15日の記憶。購入してはじめて触れるレンズの操作が、どうすれば拡大なのか縮小なのか?小学生カメラマンでも解りそうなズーム操作が、出来なかった。性能的には頻繁に愛用していた18-50と同シリーズで、描写力も再現性も、それに並ぶレンズなのだが、ちと、はじめて尽くしに戸惑った。滅多に写せないから、発症前より奇麗に、格好良く残さなきゃって凄く思った。そうすることが、永い時間、プライベートの時間を削り家族の為に働きながら、献身的に僕の帰りを持っていてくれる貴女への恩返しだと信じてる。レフも無い、ディフューザーも無い。三脚も無い。ストロボも無い。常用していた頼りのフイルターも無い。写しながらも申し訳なくてさあ。ご免ね。今は手許に何も機材無くなっちゃったけど、必ず、また僕自身も、貴女も僕に写された貴女自身の写真を友達に兄弟に家族に自慢出来るような、写真を再び写せるような機材を手に入れ、以前のように空いた時間は、とことん貴女を写す中で、世界標準の新しいスタイルを遅ればせながら踏襲しスキルアップさせて下さい。お願いします。写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ応援、宜しくお願い申し上げます。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-17 20:35 | SWEET LOVE

かしこみ、かしこみ。

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2010年7月15日の記憶。「ただいま。」と小さな声で挨拶をし、社への敷居をまたいだ。暗がりに僕の真っ白なコンバースのスニーカーが自発光する生物のように不思議だった。眩しかった。症状で左半身の手足の末端を脳が認識出来ていない。それが原因で病棟の階段を踏み外したり、男子小便器に足が入って転んだり、ベットの乗り降りにベットのガードに片膝が残り床へ顔面ダイブ。この症状が危険性が高いので、僕は行動を制限されているんだ。今、病院内でも外出時でも必ず装着している頭部保護帽も、自分から言い出して用意して貰った。僕は自閉症の皆さんがそうであるように、心の痛みには弱いが不思議と外傷の痛みには強いんだ。欧米のアスリートが怪我しても、怪我しても平気なのは、モンゴロイドと比較して皮膚面積に対する痛点の密度が少ないから、あのGO FOR IT !精神が、あるらしい。脳外科で末梢神経の麻痺の専門の先生に手足の痛感テストしていただいた。それにより、僕の右と左は、それぞれ脳の命令に対して別々のパーソナリティーで脳からの命令に答えている。末梢神経の壊死は心臓が停止していた僅かな時間、血流が停まっていた事に起因する。この末梢神経で、何が変わるかと言うと、解りやすく説明すると、携帯電話やTVリモコンが押せない。PCのトラックパッドが反応しない。ダブルクリックが出来ない。ノートや本を1ページづつめくれない。キャラメル等の包装紙が開けない。フォトグラファーとして、悲しいのは、フォーカスロック、露出ロックを多用する僕なのにレリーズボタンの半押しが出来ないんだ。脳の命令にアクティブな左手の親指でシャッターが押せる手段が見いだせれば解消出来るかも。障害者利用を踏まえたユニバーサルデザイン、心身のバリアフリーを考慮した写真ツール。クリエイティブツールが、必ず何処かの国にあるはず。輸入業者様、私に光への道をお教え下さい。キャノンのジョグダイヤルも操作出来ない。ニコン機の上下左右へのカーソルボタンも正しく操作出来ません。僕が白い靴を履いているのは、似合う似合わないの前に、視認性を高くすれば、脳の誤認が緩和されると、ネット上にあった左半側空間無視、半亡の学会発表の臨床論文より、色のプロとして自ら、色の持つパワーに身を委ねてみようと白い靴を購入した。もっともっと沢山、自ら病気の理解から得た役立つツールでリハビリしたいけど、出来ればアウトドア用品や服飾デザインの知識を活かして、ユニバーサルやバリアフリー思想のデザインで商品開発の現場に立ちたいと思う。それらの手がかりに、まず自分を実験材料として、アスペルガー故の創意工夫ロジックを現実化する為に視認性の高さ=認知し易い=安全=快適=ストレスフリーをフロチャート発想法に落とし込んで得意の「人を動かす」企画書的に頭を動かす事を楽しんでいる。実現した暁には、光溢れる日々が待っている。と信じてロジックする毎日、発症前、高次な脳作業と様々な道具を扱う比重が生活の中で高い人間程、脳卒中の後遺症の痛手は大きいと、どの本にも記載されているが、僕は、その例に挙げられている通りの生き様であった。それが示す通り僕は心身共に自信喪失から来る強度の脳卒中後鬱病のトップランナーである。自分へのリハビリテーションに相応しい道具、処方をディレクションする事が、慰めである。古くから僕を応援してくれている方々から、「応援したいけど、今、どんな病状で、どんな環境で、経済状態は、体調は心は?って聞かせてくれないと何を応援して良いか解らないよ。」とメッセージがあり、使役犬タイプの僕は、即時から、ブログで、詳細に心身共にの現況を書き綴って来た。生まれながらの感受性の強さ、そして自家中毒と言うデリケートな子供しか掛からない病気のキャリアである僕は、感覚の鋭さが足かせのようにナイーブさを増し学校ではコミュニュケーション障害、ただ僕は何かに没頭する事が精神安定。なのに精神科にいながら自分へのセルフレスキュー行為を平日は縛られている。PC二迎えてNETに繋げる時間なんて僅か、しかも携帯デバイスからのネットワーク接続、コンクリートの要塞から拾える時間も限られてるしね。そんな環境からのファンへ向けたメッセージなのに鬱病患者に青酸カリを贈るようなカミソリのようなクレージーなメッセージの多さに悲しくて涙が渇く暇がない。そんな時の僕のバイブルとなるのがSIGMA さんのカタログだったり、プロペットさんのカタログだったり、Manfrottoさんのカタログだったり、発症前に僅かな道具を購入しただけなのに、銀一さんテイクさんが、闘病の僕に途切れる事無く日本内外の写真業界の情報を届けて下さっている。時にはカメラ雑誌のバックナンバーも添えて下さっている。流石、日頃,光を扱う会社の皆様の、心底弱り切っている人間への光の当て方が巧みだなあと想い。泣けて泣けてたまらなかった。僕も光を扱う会社の力になりたい。だって世の中に光を当てる仕事だよ。素晴らしいじゃない。死後,臓器移植で僕が世の中に役立てる事より、生まれ持った自閉症アスペルガー脳で、考えられるうちに、それらの仕事の会社の役に立ちたい。あの発明家エジソン、アインシュタイン、ガリレオ、芸術家ミケ・ランジェロ,映画監督スピルバーグと同じタイプの追求構築型の「何かを見れば何かを思い出す」特殊な脳なんだ。世話になった表現分野の世界に役立って死にたい。親類には発明家も多いし、僕も僅かながら実用新案特許をアウトドア用品に持っているしね。冒頭の白い靴、本当は試す前から効果が物理的に理解していたけど、欲しくても手に入れる迄,道のりは、遠かった。実の父はリハビリして現場復帰よりも、発症直後より、マッサージ師の学校に行け、YOGAの先生になれと僕を怒鳴る。僕はシオシオだ。最愛のSちゃんが撮影仕事をセッティングしてくれても、「昌也は障害者として生きるんだ。」とSちゃんを怒鳴る。Sちゃん可愛そう。また、何か病因暮らしで何か欲しいものが出来たとき父に願うと、「Sちゃんが面倒見てくれるから、sちゃん無家の近くの病院に転院したんだから、お門違いだSちゃんに頼め。もしくは日本中に、お前を師匠と呼ぶ仲間が居るんだろ?そう言う人に頼んでみろ。」僕、解らない?脳外科の先生や作業療法士さんとも父は衝突。恥ずかしい。白い靴が実現したのは、とある素敵な人のお母さんが杖をつきながら病室の僕を尋ねてくれた際に頂いたお見舞いで購入する事が出来たんだ。それと同時に購入した白のアクセントのあるズボンのセットは大好きな人のお母さんから頂いた僕の足下を照らす一筋の誘導灯そのもの。社の玄関で僕は靴を上手く脱げなかった。玄関のたたきに腰を下ろして、大好きなSちゃんに介助してもらった。さて靴下の状態で社の中の輝くフローリングを歩くのには、足裏感覚の麻痺と滑る床、暗い廊下の三拍子に手こずって、Sちゃんの手を煩わした。だが不思議と飲酒運転で低迷しているにも関わらず知らぬうちにどこぞへ事故も無しに辿り着くような感覚。あの感覚で天井から操りの糸があるかのように僕は赤い絨毯の迷路を撮影に最も相応しいまで、何者かに誘導された。その昔、相棒のSちゃんと、この場所に迷い込んだ夜は、その社で働く人に僕のブログを見ている人がいて、撮影に相応しい座に案内された事を思い出した。沢山の事、思い出した。
社の表から沢山の望遠レンズ並んでいたけど、僕はその砲列にかまう事無く、言うなればVIP席へと案内された。その写真が社ホームページ、小樽市の観光のホームページで使ってもらったことまで思い出した。その翌年は、僕は入院中でパートナーのSちゃんが、ひとり、僕の意志を継いで神事の撮影に当たってくれた。思い出す事だらけであった。手術後の中村記念脳外科急性期病棟で、手術してくれた先生が、毎日介助に来てくれていたSちゃんに、はじめての外出の意味を話していた。「発症前、慣れ親しんだ場所、その時と同じ条件が有れば尚更、雨なら雨。その場所で、その時した事を同じようにしてご覧。壊死して削除した脳の持っていた記憶も、何らかの似た鍵によって扉が開く。脳はネットワークだからひとつ繋がり出すと、ドンドン繋がると言っていた。」嬉しい会話だったSちゃんも真剣な面持ちで聞いていた。でも、恥ずかしいけど、外出がなかなか叶わなくて、何故?リハビリ外出させてくれないのか暫く解らなかった。聞かなきゃ想像付かないでしょ?僕と同時にお父さんも、お母さんも同時に手術入院してるなんてさあ。親子で切り盛りしてた小さな自営業だけど、大人三人でやってた仕事、小ちゃなSちゃん、ひとりで頑張ったんだ。好きな波乗りも、ダンスのイベントも我慢して献身的に働いていたんだよ。それに加え、中々先が見えない僕の症状でしょ。「まあちゃん、早く写してくれないと私、おばちゃんになっちゃうよう。」最愛の彼女の叫びに僕の人生で見聞したNYでのLAでのコマーシャル撮影、ハリウッドの現場、タヒチ、ハワイでのビーチウエディングのライティングを彼女の為だけに再現したいと思う。日頃、アートディレクター時代に、海外のロケクルーが見せてくれた撮影セッティングの模式図をdaisaku君がプレゼントしてくれた色鉛筆とスケッチブック二描いている。ディレクターだから、その撮影方法をで出来うる完成図をリアルなカンプにして現場を思い出している。そんなスケッチ皆さんにブログで見せたいけど僕には手段が無い。社での夜、僕は自分の機材を持っていない無いので、彼女の機材一式を借り受けた。直感的に写す事は最初からしなかった。日常、直感的に自動販売機を押して、欲しい飲み物が出て来た事が無いからね。ファインダーを覗くのは1年2ヶ月ぶり。ピントを決めるカーソル、露出を計測するカーソルがファインダーの中に探せなかった。視野の欠損である。僕の有効視野を説明しよう。視野の全てをテレビ画面とすると、まず縦に五分の一にして右端の短冊を更に横四分の一にした右下の小さな一角が僕に残された有効な視野なのです。日頃、食事を食べるのもTVを見るのもPCに向かうのも、この視野内に収まるように身体を首を傾けています。斜視の症状の人と同じだと言います。この症状を治療するプリズム眼鏡と言う横方向の潜望鏡みたいな道具が開発されているようですが、かなりの経費が掛かるようで、特に治る必要なしと言う父の元では暖簾に腕押し、こんな道具知らなきゃ良かったと思う有様です。悲しい。またうざいと笑われるね。でもね、ビジュアルアーツ世界の人間が左半盲の太鼓判がカルテに押されてるんだよ最愛のSちゃん曰く、新しいカメラの可動するビューファインダーはどう?とかアイディアだしてくれるけど、藁をも掴みたいけど、働けない状態の現在では、試してみる事すら出来ない。祭りの夜、ファインダー内の表示も、レリーズ近くの露出表示すら見えなくて、全て真ニュアルで写した。友達で緑内障だか白内障で視野を煩煩った人からAFで全てAUTOでノーファインダーで写しても依田さんの写真は依田さんの写真だよ。」と元気を頂いたけど、アスペルガーで構築型クリエーションの僕は、最後の最後までじっくり、僅かな差異の有無を見極めたいのです。この部分が表現世界の興奮する場面ですから譲れないよね。可能な限り、全ての機材を自分の手足のように操りたいよね。さて撮影、フル真ニュアル、カメラの機能は身体が覚えてた。本当に嬉しかったカメラの感触。ちょいと反省は一脚も無い為にISO1000と言う設定にしか出来なかった事。踊りの動作の動きは容認だけどね、僕自身が定まらない。右手と左手を併せての作業が一番巧く行かないんだ。お弁当の小さな醤油とか薬の袋ドヒャー!納豆をかき回す最悪。バナナの皮?中身がポロっ!カメラもしかり、暴れて、暴れて。どうにか身体の動体に固定出来るユニバーサルデザインを手に入れたいよ。ピントはフォーカススクリーンが無いから、感覚的にシャープに見える瞬間、KONNTORストが一瞬カチンとして、ハイライトが最も高輝度に見える瞬間を、かつて大先生から學んだ電光石火のピント合わせを初心に帰り実践。踊り子の白いハイライトが、先ほどの自発光する僕の白い靴のように見えた瞬間のピントをホールドした。明るさを得るため開放気味だから、これが限界精度であろう。あとは手前と奥の踊り子の動きがシンクロする瞬間をレリーズタイミングとして待った。ん?カメラ曲がってないかな?どう?僕を誘うかに踊り子の白いハイライトが手招きして迷う僕を救い出してくれた不思議な光の軌跡はどやら奇跡らしい。ふと狐につままれたように不思議、宮崎駿的迷宮に僕は迷い込んだ。時折、耳元に大好きな人の声と吐息が届いた。ますます甘美であった。ふと厳かな神事を前に、僕は神繋がりか、ジョルジュ・ド・ラ・トウールの「大工の聖ヨハネ」と言う絵画を連想した。その絵は夜の静まりの中で、黙々と作業している父ヨセフと、一本のキャンドルを灯して手伝いをしてイエス。
神は仰せられた。『光あれ。』すると光があった。」(創世記1章3節)
この方にいのちがあった。このいのちは人のひかりであった。
(ヨハネによる福音書1章4節)
「光は闇の中に輝いている.闇はこれに打ち勝たなかった。」
(ヨハネの福音書1章5節)
「すべての人を照らす誠の光が世に来ようとしていた。」
(ヨハネの福音書1章9節)
「イエスはまた彼らに語って言われた。『私は世の光です。私に従う者は、決して闇の中を
歩む事が無く、いのちの光を持つのです。」(ヨハネの福音書8章12節)
僕は日本古来よりの神事を目の前にトランス、いつもアートディレクションの現場で英語でフランス語で暗唱して、スタッフとライトを太陽を捕まえた。聖書の言葉は世界をまたぐクリエイターにとって共通語である。僕にとっての神はイエスでも無く社に祀られたそれでもなく、光なんだ。僕に人知れず光を与えて下さるSちゃん、そしてSちゃんの家族、ブログの記事から読みとって、次々と資料を続けて贈って下さるTAKE様、Manfrotto Distribution様、GIN-ICHI 様も、僕の大事な大事な神様。上記の光に関する聖書の抜粋と「太陽はひとつ」のライティングの基本を重ねて見て下さい。重病を患い大きな闇を味わった今、自閉症で感覚機能の全てが過敏なのに、更に上乗せして光に対して敏感です。そんな心で写した写真です。一年と2ヶ月ぶりの外出&撮影リハビリデートで、色々自信がつきました。無欲で応援してくれるSちゃんを困らせた鬱の僕ですが、色々と欲も、やる気も湧いて来ました。応援して下さるSちゃん、Sちゃんの家族を始めとする多くの皆様の為にも、すっごく、頑張るので、応援宜しくお願いします。
写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ応援、宜しくお願い申し上げます。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-17 11:51

可愛いい

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2010年7月15日の記憶。ご機嫌な時に、ふと見せる、やんちゃな小学生のような、あどけない表情を知っているのは僕だけだと思うと幸せであった。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-17 10:37 | SWEET LOVE

SWEET HOME OTARU

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2010年7月15日の記憶。
写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ応援、宜しくお願い申し上げます。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-16 19:05 | SWEET LOVE
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2007年7月1日の記憶。もう、嫌で、堪らないよう。何で僕だけ?ズルく無い?あのヘレンケラーですら、五体不満足の彼だってさあ。脳は何とも無い。僕なんか、生まれつきの先天性の脳障害の自閉症に加えて、脳出血での高次脳機能障害、それに、追い打ちをかけるように脳卒中後鬱、鬱も、考え方、やる気の病気じゃなくて、その原因は脳の機能障害なんだ。笑っちゃうしかないような悲しい有様。おふざけじゃなくて、三連ちゃんの脳障害。鍵コメントで、毎日のように体調いかがですか?と、回復具合はどうですか?とある。朝からキツいブラック・ジョーク!きっぱり言って治らない病気なんだ。自閉症の方も、生涯にわたる発達障害なんだ。正直、モノにぶつからない日は無いよ。転ばない日は無いんだよ!ジュースにトイレ、ボタン押し間違わない日無いよ!おしっこ、漏らさない日無いよう。左半身の関節痛に眼がちかちか痛く無い日無いんだよう。御飯こぼさない日無いんだよう。まずはSちゃんの家の近所の病院なら、最低でも三日に一度は、めんかいにきてくれるだろうと、りはびりのないびょういんでも

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# by mugnum-yoda | 2010-07-02 19:16

Dead Stock

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2005年6月20日の記憶。古い古い写真。ブログなんて知らない頃、勿論PHOTOSHOPも、持っていない頃、デジタル一眼レフすら、持っていなかった。庭師として、作業前、作業中、作業完了の現場写真用に、また、アウトドアガイドの私的記録として、携行していただけの現場用カメラ、FUJI HD-1。アナログ時代のFUJI HD-1の、雑誌広告を手がけていた経験があったので、僕のフイルムからデジタルへの乗り換えは、迷いは無かった。フイルム時代のHD-1は、東京時代、ご用聞き、お使いで、下請けで、出入りした浜野商品研究所の代表、浜野安広さんが、自身の釣りを始めとするコアな水辺でのアウトドア遊びの中での失敗談、ほら話から生まれたロジックをプロデュースに込めた歴史的カメラである。彼はリーリース時の広告のモデルまで勤めている。(笑)。また同時期、安広さんが開発したウエスタン調のフライフイッシングベストが僕もデザインで関わっていたFOXFIREと言う釣りウエアブランドからリリースした時も彼は自らモデルを務めた。それがリリースされた年の総合カタログの商品撮影に僕は立ち合った。この頃の製作の現場は、誰もがアイディアを持っていれば、デレクションに加われた。「マサ君、色っぽい指先してるな、女性好みの知的な手だな。詰め切って、手のモデルしろ。」誰もがモデルだった。デジタルに、なってしまったけど、FUJI HD-1を首からぶらさげると、いつも、僕は、あの日の浜野安広先輩になれた。精神科的に言うとアップ状態になった(笑)皆さん達は、クリエーター、プランナー達、特有のマシンガントークに触れた事があるだろうか?無駄なおしゃべりじゃなく、研ぎ澄まされた言葉。バブル時代は、本当にダイヤモンドの原石として重宝された。僕も、そんな中のひとり。ジャガイモの花が咲き揃った朝、ニセコでは、其の年、第一回目の防除スプレーの日になり、
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# by mugnum-yoda | 2010-07-02 17:42
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2007年6月27日の記憶。タイムマシンがあればなあ。WINDYからも、お願いしてよう。君が大好きな、君を大好きな、小樽の奇麗な良い匂いのするお姉ちゃんに、お願いしてよう。「助けて!」って。お願いTHUNDERからも、宜しく伝えて下さい。出来るよね。待ってるからね。愛してるからね。
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# by mugnum-yoda | 2010-07-01 19:31 | SWEET LOVE

イチゴの想い出

本日、6月29は、病院の作業療法プログラムの「イチゴ狩り」2時出発との事で、何時に無く病棟が賑やか。僕のの214号室の寒暖計は28℃、湿度の針は65%を指している。今になって、看護助手さんが○○さんの靴が無い!○○君の靴が無い!と忘れ物探しに何往復も。日焼け止めに、帽子に。今回は病院のマイクロバスでは無く、チャーターの大型バス。その人数が出払った病棟は、一瞬にして、廃墟のような佇まいである。何かの影から、ひょいと野良猫が様子を伺いに姿を見せそうな、そんな退廃イメージの中に独り取り残されている僕。手持ち無沙汰で、朝から顔ばかり洗っている。水が恋しい。恐らく、動物園で見るアライグマもこんなに頻繁に顔洗わない。外来種、害獣駆除の問題で後志支庁、そして道庁のお手伝いをした事が有る。皆さん知る所ではエゾシカの市街区域に於ける生息密度を計るライトセンサス。協力なスポットライトを特定間隔ごとに照射し、それに反射する眼の数を数える原始的な測定。夜の渋谷宮下公園にバイクでヘッド、ライトを付けて乗り込んでしまった時に、突然起き上がるカップルのようだった。あれも、熱い夜だった。熱帯夜とは限りなく原始的だと思う。漁川で千歳川で尻別川流域でアライグマの数を数えたのも熱い日だった。水を求める、涼を求めるのは野生生物も同じである。それぞれ孤立した個体である。家族を持たない。 狩りと同じ方法で、野生生物は友達を作るんだ。西洋絵画のモチーフのように、水汲み場は野生生物にとっても社交場なのである。バブル期、僕は徹底して余暇レジャー、アミューズメントを追求していた。デザイナーとしてもディレクターとしても、プランナーとしても、人が集る所のスペシャリストでありたいと自らの根幹としていた。人が集る場所の理解は、魚の住みやすい河川設計にまで僕の中で飛躍してしまったが、分析を形にするのは、他のアスペルガーの皆様と同じく得意中の得意であり。喜びだ。鳥が集う、魚が群れる。虫が集る。獣が移動する。この初歩辺りは、自然写真が好きな人なら誰でも知ってるでしょ?この初歩の理解こそが、全ての道に通じる。麻布十番時代の恩師は、著名イラストレーターに関わらず、六本木、赤坂、白金台、広尾を流すタクシードライバーであった。彼から學んだ、今何処に行けば、最も人が集っているかと言う。流しの無くシードライバー的解析は、その後の広告営業、アタックプレゼンに、多いに役に立った。その理解が楽しくて、武道館の出口で、後楽園ドームの出口で透明ビニール傘を売るゲリラを楽しんだ事も。別れた女房と出会った夜も、最愛のSちゃんとはじめて挨拶を交わした夜も雨だった。雨が恋しい、雨が降れば良いなと思う。本日,留守番の僕は、昨年5月14日、彼女に連れられて、はじめて外出し、はじめて撮影リハビリしてもらった時に着た、彼女が用意してくれた服でベットの上で、体育座り。熱い。ジュースぐらい飲みたい。
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# by mugnum-yoda | 2010-06-29 14:53

STAY COOL

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DON'T GET HOT COOLS /THE COOLS
作曲:ジョニー・大倉
作詞:たちひろし

熱くなったら おしまいさ
息を殺して 指ならし
Don't get hot!
Everybody, don't get hot!
ちょっと きどって 口笛吹いて

ダサイと言われちゃ おしまいさ
涼しい顔して 指ならし
Don't get hot!
Everybody, don't get hot!
ちょっと すかして 口笛吹いて

Stay cool COOLS!

黒いMachineに リーゼント
いかした娘も イチコロさ
Don't get hot!
Everybody, don't get hot!
くわえたばこにWinkきめて
Stay cool COOLS!………
Everybody, don't get hot!
Stay COOLS!
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# by mugnum-yoda | 2010-06-27 06:38 | SWEET LOVE