2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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突然のポートレート

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2008年7月27日の記憶。
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by mugnum-yoda | 2010-07-25 20:17
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今の僕の目標はこんな感じの撮影Mola spotted: Victorias Secret Shape Shoot mola-light blogアートディレクターとして、水回りのスポーツ用品、ウエア,グッズの撮影の立ち会いで触れて来たアメリカ西海岸的アウトドア、グラーマーシューティングの現場。当時、僕が起用したモデルは、当時活躍中のサーファー、ウインドサーファー。人気TVドラマシリーズの「ベイウオッチ」の格好良いアスレチックボディのセクシーなお姉さん。名前?思い出せない?自閉症のキャリアの人が、そうすろように、僕も、精神的に嬉しかった事、心地よかった事を何度も繰り返したい。この不思議な癖は、良く映画のシーンにも使われる。モネ的に同じ構図の絵を何枚も何枚も描くのもそうだ。ミケ・ランジェロが製作に没頭し始めると、お風呂も食事も睡眠も取らなかったのも、制作する事を止められないんだ。さらに彼は気に入った洋服を着たきりで着替えた事が無い。僕を、直接知る人なら、似たような面を僕に見た事があるだろ?子供の頃、プラモデルを作るのが得意だった。日頃不機嫌な子が楽しそうにするので、当時、同居していた父の直ぐ下の歳の大好きな叔父、トシちゃんが、次から次から、新しいプラモデルを買ってくれた。早く作っちゃって、「ゆっくり大切に作りなさい。」と母は言ってたけど、母が言うように自分をコントロール出来なかった。逆に、トシちゃんは、僕の組み立ての早さを楽しんでくれて、ドンドン大きなもの、ドンドン高度なものをプレゼントしてくれた。そんな中で僕は田宮模型の改造コンテストにハマり、更にはカメラを手にして戦争のジオラマコンテストに頻繁に入選するようになる。気分は映画監督。脚本は赤い表紙の第二次世界大戦戦記シリーズ。バルジの森の戦い、砂漠狐ロンメル戦車軍団、ノルマンディー上陸作戦。相レベルのクローズアップの応募作品が多い中、僕は何故か?飛行機から見たダイスペクタルなワイドな俯瞰で作品にしたかった。戦車軍団の大移動だもの、同じ種類の戦車のプラモデルが60台も必要だった。当時、人気のプラモデルだから近所の子も同じ戦車を持っていた。当然、借り受けた。勿論、自身も工作やアートが好きなトシちゃんも応援してくれた。ある日、砂場で、砂場の砂は、僕の一番の理解者であったおじいちゃんが、砂漠の砂を再現するなら一度ふるいにかけて焼けば良いと稲の温床に使う粉砕した、おじいちゃんの仲間の多い昭和新山の火山礫を混ぜて、おじいちゃん自ら作ってくれた。僕がしつこく赤い砂浜にこだわる理由はここにある。その砂場に戦車、装甲車、ジープ、輸送車、歩兵を併せて何百も並べジオラマ作りをしていた。其処に突然、父が飛び出して来て、狂ったように素コップを振り上げて、其処に並べられていた全てのプラモデルを叩き潰された。「何度言ったら解るんだ!」「おなじものばっかり集めて!」友達から借りたものまで捨てられた。その素コップで僕も何度も叩かれた。この時、生まれてはじめて、自分の中で何かが壊れる音が聞こえた。本当に、その日を境に壊れた。街の店で、隣町で、捨てられたと同じプラモデルを全部盗んだ。店に無くなったから札幌まで行って。終いには、大好きな同居する叔母タケちゃんのお財布からくすねて.そのプラモデルを注文した。それでも、また揃えると父は捨てた。いたちごっこだ。僕はすっかり盗みの常習犯。上京してデザインの道へ、製図用具のロットリングも烏口も定規も筆も、マーカーも、用途に合わせて似た形のものを沢山用意しなきゃならないけど、父には僕の悪癖としか見てくれない。機械いじりした事がある人なら、10番のネジには10番のスパナ、レンチが必要なの解るでしょ?波乗り始めれば季節に応じてウエットスーツの厚さや形変える。波のサイズ,パワーに併せてサーフボードのデザイン、長さ,浮力、フィンの形変えて揃える、釣り具なんかも、そうだよね。まして、アウトドアのガイドとなれば、案内した人に使って頂く分も揃えるのが常識。そば屋に来るのにマイ箸を持参するような人は稀である。専門職としてサービス業として、似た道具を揃えなきゃならない世界を説明すると、父は決まって「お前の爺ちゃんが機械いじりを、トシちゃんに許したのに俺には許してくれなかったんだから解らないんだ!」と大声で怒鳴り癇癪を起こす。大人になり父の叫びが解るようになってきた。恥ずかしいけど父も僕と同じ自閉症アスペルガーで、更に強度の潔癖性、脅迫障害キャリアである。曾祖父、祖母、父、そして僕、更には親戚のあの人。我が家は各分野で、父方、母方ともに天才の多い血筋だけど、皆,それぞれ僕と同じように葛藤にもがき続けている。僕がくも膜下手術で倒れ、恐らく父は冷静を装っていてもパニックだったに違い無い。急に家に戻らなくなった僕に、犬達が泣いた。犬の面倒は最愛のSちゃんが見てくれていたのだが、その家の大家さんから、家の老朽化で解体を理由に立ち退きを言い渡された。少し家賃の遅れはあったが、完済したのに、爆発した風呂釜も、壊れたガスも水道も直してくれないのに、黙って暮らしたのに、壁の弁償、畳の弁償。前家賃と敷金で、収まる範囲なのに、今の病院の主治医も看護士も認める、ええ格好しい性格の父は、大家の無茶苦茶な話を鵜呑みに。まして脳外科の主治医が、発症前の生活環境はリハビリ復帰に、無くてはならないものですから、僅かな望みが少しでもあるのなら、お父さんが、頭を下げてでも確保して挙げて下さい。とアドバイス受けていたのにも関わらず。パートナーのSちゃんも、最後まで、父に鍵を渡さないように、本当に頑張ってくれたのに、彼女の眼を離した隙に、父と父が連れて来た実家がある町内会の解体屋を連れて来て、根こそぎ荷物を始末されちゃった。アウトドア用品も竿もサーフボードも、また友達から預かったものも、大好きなSちゃんから預かった修理品まで加えてね。パソコンも、製図機機も、草刈り機も、造園仕事、アルバイト使うまで大きくやってたから沢山あった。それに犬用品、そして犬達も、強引に連れてかれちゃった。写真の撮影用品も根こそぎ持って行かれちゃった。父の話では、僕がSちゃんが立ち合わないからだ!と病み上がりの僕に、大好きなSちゃんにまで罵声を飛ばす父であった。後日、実家の道路向かいに住む近藤さんが、「小樽の家から引き上げた荷物を実家の街の山奥の作業現場に根こそぎタイヤショベルで埋めてくれた。お前も近藤さんに感謝しろ!」って不法投棄を、誇らしげに話す狂った父。形有るものは壊れるのは解っているけど。今、思い出しても涙が止まらない。海外で得た撮影のノウハウを再現するに、打ってつけの、元ミスコンでグランプリにも輝いた歴史もある、水泳でスキーで、器械体操でダンスで、国際大会の予選まで昇った小樽が生んだスーパーモデルSちゃんとの、テストシューティングの日々を、明日からでも繰り返したい。その為の機材が欲しくて堪らない。そして再び練習を重ね。発症前に撮影依頼してくれたアーティスト、作家、犬愛好家、先輩、友人、そして道内道外の親類の皆様の肖像写真のお約束を果たす為にパートナーのSちゃんとお仕事にお伺いしようと計画しております。必ず行きますので、出張撮影用の撮影機材を用意する手助けして頂ければ幸いです。まずは小樽からフェリーで、母方親族の集中する軽井沢界隈へ直江津経由で入いれればと願っております。Sちゃん、またお手伝いお願いいたします。リンク先の動画見れたかな?
きっと、君も、あのシチュエーションで写されるの悪く思わないでしょ?前に、話したでしょ、金か銀、もしくはエナメルの水着のコスチューム用意してって!この動画のスタイリング、まさに僕のイメージしていた通り。実は僕がアメリカ滞在していた時代から常套手段なんだ。動画見て、何処の浜に僕が行きたいかも解るよね。めちゃくちゃ僕は君が大好き。だから、めちゃくちゃ格好良い写真を写したいんだよう。お願いね。写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願います
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by mugnum-yoda | 2010-07-19 09:34

僕は人生を傾ける

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2008年5月10日の記憶。


気絶するほど悩ましい Char
作詞:阿久悠 作曲:梅垣達志

鏡の中で口紅を塗りながら
どんな嘘をついてやろうかと考える
貴女は 気絶するほど悩ましい

振り向きながら唇をちょっと舐め
今日の私はとても寂しいと目を伏せる
貴女は 気絶するほど悩ましい

ああまた騙されると思いながら
僕はどんどん堕ちて行く

上手く行く恋なんて恋じゃない
上手く行く恋なんて恋じゃない

まつ毛に涙いっぱいに溜めながら
貴方だけは解る筈なのと訴える
貴女は 気絶するほど悩ましい

ああ嘘つき女と怒りながら

上手く行く恋なんて恋じゃない
上手く行く恋なんて恋じゃない




凄い詩だね。流石、阿久悠先生、勲章得ただけある、本物のリリック
超フェミニストの僕にはリアル過ぎる歌詞で怖いけど…、ドキドキ。
恐らく、何万組以上のカップルが、この曲を二人で聞きながら
意味深な内容の部分に歌が差しかかる箇所で互いの表情を、手の発汗を
呼吸の乱れを、つい確認しちゃったんでは無かろうか?青春映画的な瞬間を
引き起こす。導火線のような言葉達。グレート!の一言です。芸術やね。

その昔、原宿のCOOLSの村山一海さんの御店"SHOUT!"をお手伝いしている頃、プライベートでバンド遊びしていた。偶然、僕のバンドのドラムス、昔Charさんの、この曲が流行っている頃のドラムスをしていたリューベン君だった。当時、僕は武蔵小山に住んでいて、リューベン君と一国沿いの戸越銀座の入り口の交差点にあるつけ麺屋さんでブレイクした帰り道、彼に連れられて戸越銀座商店街をどんどん大田区方面へ、商店街が終わりかける頃、向かって右手に路地を丘を上がった辺りの家の門扉を勝手に開けて、家に勝手に入って行くと玄関にグラマラスな男女の靴が並んでいる。犬の毛が、玄関マットに張り付いていた。何処かのキャバ嬢の家だと思った。玄関ルームの靴箱と靴箱の間のデットスペースにツイードのフェンダーのギターケースが立てかけてあった。別に珍しくもない。ありふれた日常である。彼はそのギターの上に無造作にあった、潰れたパナマハットの形を軽く直すと、すかさず僕にかぶってみせて「解る?」と言う。僕は、彼も知ってるであろうCOOLSの大先輩で恩人であるミスターイエローブルースこと大木トオル先生の真似をだみ声でした。続いてジュリーの勝手にしやがれのドリンクを空に向かって吹く仕草で僕は彼を笑わせた。「本当に解らないのマサさん?」解らなかった。彼は更に奥の部屋へ、戻った彼は感コーラ二本と、一本のローズ指板のフェンダーを握ってたアイボリーボディに少しどぎつい茶系のピックガード、1965年物のムスタングだと、ローディーとして楽器扱いになれていた僕には解った。何故か、この当時、COOLSのリーダー佐藤秀光さんが所有していた関越道の帰り道、僕を助手席に乗せてパトカーを追い越した、目の覚めるようなキャンディブルーのフォードのムスタングも1965年、サブカルチャーの世界では、このふたつのムスタングが生まれた事からムスタング・イヤーと呼ばれている。ムスタング、じゃじゃ馬、扱い難い。を語源とするのだが、「何やってるんだお前ら!」と美しいゴージャスなお姉さんと現れたのは、何と、何とチャーさん、その人でありました。ちょっと僕は悔しかった。ロックンローラー的なファッションなら、スタッフ的な態度で接する事が出来たのだが、この当時、僕は武蔵小山商店街の裏手にあった7坪程の"SECRET SURF TOKYO"の店番を与えられていたので、当時のさーふファッションだったから、ミーハーに思われたのではと悲しかった。その後、何年かして知人の宮藤官九郎君が面白い曲をリリースした。その歌詞の「チャーのギターをダーってやりたい。」僕は大受け。ダーって言う意味は、整然と並んでいるギターを滅茶苦茶にしたい心理状態を言うらしいけど、同じようなステージの裏方を務めた僕はダーってかっぱらう。意味に思えた。最初の凄いギターはチャックベリーがパルコの撮影の際、前日COOLSのライブがあった渋谷公会堂から翌日のスタジオ撮影まで僕はあのJONNNY B GOODのチャックベリーのギターを一昼夜以上預かった。ピカールでポリクレメイトでピカピカにね。以前ジェームス藤木さんの撮影の前に磨き過ぎて、怒らないジェームスさんが珍しく僕を大声で怒った。あの汗ばんで日焼けしたようなヤニが大切だったんだ。またストレイ・キャッツが初来日の時、ツバキだったかルイードだったかは定かじゃないが、メインのブライアン・セッツアーのグレッチ、カントリー・ジェントルマンの弦が切れた。僕は彼らの来日前からCOOLSのスタッフとして同じ世界を追求する仲間と言う事で、来日時のシークレットギグもCOOLSのラインを使ってセッティングしたのは僕だから、「直ぐ直して戻る。」と言い残してCOOLSのツアー機材のあずけてある青山のヤングジャパンに戻り弦を調達しタクシーの中で新たに弦を張り替えた。ドキドキ、ダーってしたかった。暇な方は音源検索してねチャーのフェンダー グループ魂

エントリーの写真、実はデータ暗過ぎて諦めていた一枚、ここ暗過ぎて環境悪くて、頭を悩ました末に、辿り着いた、今でこそ最愛のSちゃんにローライトコンディションで写して貰ったお友達なら誰でも知ってるクリップオンストロボ利用の特殊なライティングテクニックを、アシスタント無しでぴったり適正露出出来た近年に一枚。ね、ね、Sちゃん。奇麗になるでしょ。もともと君はずば抜けて奇麗だけどさあ。ぴたん!と決まった瞬間的写真って写していても写されても、凄く心地良いでしょ?君の機材の方が、この写真の時の僕の機材より良いから、もっと奇麗に描写出来るんだから、頑張ってみて、出来たらまた見せてね。ちょっと今回、タイムカプセル開けたみたいに嬉しかった。毎回、君が「写して欲しい。」って同行させてくれた時って、めちゃくちゃ可愛いよね。今度、君と同じ年に生まれたギターを抱いてアートパフォーマンス、またしようね。
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by mugnum-yoda | 2010-06-26 13:27 | SWEET LOVE

逢いたいよう

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by mugnum-yoda | 2010-06-10 20:04 | SWEET LOVE

6月のポートレート

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2008年6月9日の記憶。6月荷入り、毎日夕刻は肉眼でも海外の映画のような色に染まる小樽。その柔らかな極上の照明で、最愛の美女Sちゃんを写したくて、この頃、毎日のように、夕方、写真のモデルになってください!とお願いコールしていた。返事は毎度OKだったけど、稼業の手伝いに忙しい彼女が、其の年の六月フリーになる事が無かった。事情は理解していても、元来の強度の潔癖性で完全主義の僕は、苛ついた。それでも毎日待った。実は病院に居ながら、「夏至を中心に撮影に適した条件揃うから、お願い。外出で撮影させて。」と御願いし了解を得たので,っ昨日も今日も、あの日と同じように待っている。僅かなチャンスをロス無く堪能しようと,いつものようにイメージトレーニング。そして、同じく大好きなSちゃんが、最近,来ないなあ〜!と愚痴を漏らし退屈げなWINDYに頼み込んで、Sちゃんが来てくれた事を想定してのテストシューティング。今,思えば,これが画素数の高いカメラでLAWで写したら、もっと良いんだろうなと反省。一度、D3とかD300とか使ってみたい。誰か余っていたら僕とSちゃんに貸してください。もっと描写力のあるレンズも出回ってるんでしょ。photoshopだって、更に上のバージョン有るんでしょ?なんにもかんにも僕は浦島太郎で悲しい。写真雑誌すら、もう一年以上手にとってないんだ。だいたい、一年以上、病棟のPタイルの床以外歩いた事無いんだぜ。更に足の感覚可笑しいのに、ちゃんと靴の中で足が回らない丁度良いサイズの靴すら持って無いんだよう。悲しい事ばかりで嫌だよう。泣き言言ってる事すら嫌で悔しい。あのね、僕の知り合いで同じ脳出血の人、もう普通に暮らして働いている居る人が多いけどさあ。僕ね、自信喪失でやる気無くなった訳じゃないんだよ。本当はね、もっともっと高密度で復帰にむけてのリハビリ、特に撮影のリハビリSちゃんにして貰いたいんだ。でも、皆さん知っての通り彼女の家族が大変な時だからね。ブログの脳卒中ランキングみると、彼女,彼氏、夫婦、兄弟、親友、親子での二人三脚でのリハビリに介護介助で、頑張ってる人多いよね。僕にコメントくれる人も僕らにそれを期待しているらしいし、僕自身も、そうあって欲しい。理想をいえば切りがない。写真写してみようと思ってもカメラが無い。海が見たいと思っても,病院から1キロくらいでビーチだけど、付き添いがないと行けない。靴も無いし。犬写真写したくても僕の犬達とは2年近く逢ってない。覚えているかい?
心細くて手を差し伸べても、あの日のようにSちゃんの腕が無い。
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by mugnum-yoda | 2010-06-10 19:44 | SWEET LOVE
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2007年6月3日の記憶。君は喪の間、大好きな波乗りも我慢していた頃、二人とも波乗りの道具を持たずに、ただただ季節が巡った新しい海を一緒に見るだけにドライブした想い出の日だったよね。今年も入院しているお父さんの為に海遊び、大好きなコーラを断って願掛けしながら稼業に家事、ご苦労様だね。いい天気だね。海も気持ち良さそう。撮影するにも好条件な天候だね。前にも話したけど、これから夏至に向けては、アウトドアロケーションのポートレートを写すのに良い日が続きます。君の家の近く、僕の病院の近く、遠出しなくても、写し慣れた環境、太陽条件なら、きっと症状を苦にすることなく、君をありのままに、美しく写せそうな気がするよ。Sちゃん、10分で良いんだ。僕を病院から出してよう。映画「ぼくはうみがみたくなりました」公式サイト
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by mugnum-yoda | 2010-06-02 16:33 | SWEET LOVE

BIRTHDAY / THE COOLS

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作詞:たちひろし 作曲:ジェームス・藤木

おニューな ジャケット キザに着こんで
今夜はかわいい あの娘の Birthday party
おてんばベティも おちゃめなキャロルも
きどっちゃおかしいぜ
Happy birthday tonight

踊ろよ Rock'n' Roll テレないで
しびれるリズムに I feel so good
めあてのあの娘の 打ち明け話は
海辺ヘドライブ
Happy birthday tonight

夜はつかの間 楽しくやろうよ
二人だけの Seaside party
首ったけなんだ あの娘になぜか
ブルーなムーンライト


恋の Birthday night
夜はつかの間 楽しくやろうよ
二人だけの Seaside party
首ったけなんだ あの娘になぜか
ブルーなムーンライト
恋の Birthday night

キュートなドレスに ぴったりの
ママからもらったネックレス
You look so good
ドキッとするよな 真赤な口紅
おもわず抱きしめ
Happy birthday tonight
おもわず抱きしめ
Happy birthday tonight
おもわず抱きしめ
Happy birthday tonight
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by mugnum-yoda | 2010-05-17 17:15 | SWEET LOVE

巨匠はセルフがお好き。

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病棟の新聞、閲覧の順番、僕は最下位に属する。まず20年、30年と入院の長い人から順番が決まっている。横入りして見るのには、面倒見と称して、おやつ、ジュース、生活用品、本、CDとかをスタッフの目の届かない所で、先輩諸氏に渡さなければならない。それを強要する。通称たかりの人も多い。それが出来ないと仲間外れ、そんな煩わしい事が嫌で、病棟で購読している新聞と同銘柄を個人で定期購読する人も多い。俺でも毎朝、誰々が誰々の新聞に勝手に触ったとか、新聞の折り込みチラシが盗まれたとか、必ず騒ぎがある。そんな事に巻き込まれないように注意を払いながら覗く新聞にウォーホル自画像、30億円のタイトル、気になって気になって、新聞を読んでいる取り巻きに恐る恐る接近し、何度も覗き込んだ。ひとつの皿に盛られた餌に犬が三頭ぐらいが同時に頭を入れて食べている、一触即発の状況あるでしょ?背中の毛が立ち上がってる時、まさしく、そんな感じの所に、興味の無い振りをしながら、正しく視認出来る右半身を前に向けて6回くらい眺めたのちにニュースの内容が把握出来た。僕の憧れのアンディ・ウォーホルさんの自画像が落札されたと言うニュースだ。ウォーホルさんの写真にレイヤーする、写真を分版作業から生まれる別版をシルクスクリーンの鮮やかさ、更にレイヤーをポジ側だけではなく、ネガ側のアンダーを更に黒くする為にも用いられている。決めては写真の輪郭をトレースするようにフリーハンドで描かれた版に蛍光色がグラデーションで、更に作品に寄っては、金粉、メタリックフレークが配されたり、そんな手順のひとつひとつを僕は分析した、製版オペレターとなったとき、100%僕はウォーホル先生の影武者が勤まりそうな程に、再現する事が出来た。それらの技術を当時アート・ディレクターしていた釣り人社の釣り雑誌"BASSER"紙上で再現した。アメリカンなバス釣りに、そのスタイルは心地よかった。純和風の鱒釣りの単行本でも日本伝統色を特色に用いて和製ウォーホルになってみたりして遊んだ。僕の不思議な印刷指定原稿を眉をしかめずに楽しんで再現してくれた図書印刷のオペレーターの皆様に感謝。本当にウォーホルさんには色々と學ばしてもらった。彼の作品、ELVISだけはシリアルナンバーの若い直筆サイン入りを持っていた。モンローも持っていたが現版はオリジナルだが本人がプリント作業した物ではなく、ライセンスものだった。そんな作品を少し削ったり光を透過して手順を學んだ。警察の鑑識とか監察医のように僕はウォーホルを解剖した。その後、友人の何人かが在籍していたRATS&STARのアルバムにウォーホルさんがオリジナルを依頼された。実は現物に触れた事がある。印刷して2週も経ているのに濃度の濃い部分は柔らかく爪で跡が着いた。その刷り上がりの本番のスキャニングに使われなかった刷り出しをメンバーの数一枚ずつ保有していたが、額装もせぬままポートフォリオのバックに入ったまま盗難にあった。ウォーホルさんが他界して僕の保有していたオリジナル一枚の取引単価がハーレー・ダビッドソンのワイド・グライドの新車価格を越えて、ギャラリーから販売しませんか?オファーがあったが、金も欲しかったけど、本物の暖まればインクの臭いのするアートの中に暮らしたくて、それを考えれば、金は二の次であった。実はウォーホルさんも僕と同じ高機能自閉症である。日本ではたぶんそうである。とされているが、彼を支えたパートナーであるウルトラ・バイオレットさんの語るインタビューの中でのエピソードから読みとれば、間違いなく自閉症であると同病である僕は判断する。彼のヘアスタイルも、同じ自閉症の天才科学者アインシュタインを意識しての事だと僕は読んでいる。そう自閉症にはCOPYCAT癖がある。作品にピピンとレーダーが動いたら、その作品の分析コピーは元より、作者の性格、暮らしぶり、スタイルまでを模倣してみなきゃすまなくなるのだ。今回アップした写真、くも膜下出血の前夜、翌日に予定していたロックバンドTHE MODSのメンバーのポートレートを想定してのライティングリハーサルである。シャツのアイロンもヘアスタイルのセットも、撮影に備えた筋肉のパンプアップも、顔のグルーミングも出来ていない。今は脳卒中後の行為症で顔も体も変わっちゃった。僕もSちゃんに眉毛や髭等を整えてもらってポートレート残したい。でもウォーホルさんの自画像って誰がどう飾るのだろうか?ゴッホの耳を切断したばかりの自画像を描く心境は如何なモノだったのであろうか?それも誰が飾ったのだろうか?その昔、写真ブロガーのYORIKOちゃんと語り合った時、セルフ撮影の話しになって笑い合った。エスカレートしちゃい過ぎるんだって。(笑)原宿でのアパレルの事務所勤務の時の同僚の70'sラインのレディースのデザイナー山田さんの家にもウォーホルさんのCANDY DROPSがあった。そんな時代だった。コメント、トラックバック、待ってますよ。
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by mugnum-yoda | 2010-05-15 11:32
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2007年4月22日の記憶。桜の開花情報に誘われて、桜の景勝地へ、桜は咲いてなかった。咲いていたのは大好きなSちゃんの笑顔、それを受けて僕の顔もほころびっぱなしだった。
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by mugnum-yoda | 2010-05-02 18:51 | SWEET LOVE

ROMANTIC

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私は物事に対してロマンチックな空想を抱いている.それを私は絵に描くのだが、リアリズムによってそこにるのだ。夢を真実で裏付けしなければ、貧弱な作品しか生まれない。 by ANDREW WYETHあまりにも僕に似ていて読みながら吹き出した。ロマンチックと空想は同意語だけど、翻訳した人は何をどう受け止めて、このようにしたのであろうか?原文で味わいたいね。本日、デイルーム兼食堂の大きなテレビで、食事を待つ時間にNHKのBS[俳句王国」をやっていた。もしかすると、知った顔ぶれが出るかな?と見ていた。父も以前は、この番組に頻繁に出演していた。番組中、春の季題である。「亀鳴く」を説明していた。亀は実際は鳴かない生き物だが春になると、命ある全てのものが勢い付いて、亀までが異性を慕い鳴いているのが聞こえるようだ。と錯覚するような心象を表した。情緒的な季語。このような、妄想から生まれた季語を幾つか、紹介していた。デイルームでは40人程の患者さんが俳句に興味が有る訳でもないが、ただ防寒していた。番組の〆に、俳句を作るには多いに妄想すべし、芸術に於いて妄想は不可欠。と熱く語ってエンディングであった。すかさず誰かが口を拓いた。「調子悪い人の方が俳句にむいているんだね。」「だって幻聴でしょ?「妄想でしょ?」「幻覚でしょ?」「だから、芸術家って狂った人多いんだね。」「ヨッちゃん、俳句巧いの徴し悪いからなの?」「お父さんは、もっとオカシイの?」なんとなく、真理を付いているので面白かった。確かに。ここで、始めて明かすけど、僕ね、くも膜下出血の後遺症で強烈なフラッシュバックに悩んでいます。映像記憶力をはじめとして、自閉症ならではのエスパーとも間違えられる程の記憶力、聴覚、嗅覚、触覚すべてが異常に記憶出来ている。一度触ったものを粘度にコピーするテストはパーフェクトだったりね。Sちゃんの顔作ってみたい。(笑)それらがね、今、見ている映像にレイヤーされちゃうの。僕の映像記憶は断片じゃなくて動画状態なの。雪が降った日に、大好きなSちゃん、来てくれないのは、自宅の店の駐車場の除雪で忙しいんだ。と心に念じていると、急に廊下に作業カッパ来て除雪の素コップを手にした。彼女が横切るんだ。それを追い掛けて大声を出して、階段頭から落ちたり。自分でも現実と区別が付かないの、解っているのは、何か似た要素が引き金になってるという事。虎児の雨期の障害は、もともとの脳のパーソナリティーを不思議な形で再構築する形で症状に現れるものなの?仲村脳外の先生、滝川脳外の先生、見てくれてるんですよね。この説明で間違いないよね。脳内伝達物質セロトニンとかドーパミンの話しは、もっと先の段階だよね。
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by mugnum-yoda | 2010-04-17 17:26 | SWEET LOVE