2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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Dead Stock

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2005年6月20日の記憶。古い古い写真。ブログなんて知らない頃、勿論PHOTOSHOPも、持っていない頃、デジタル一眼レフすら、持っていなかった。庭師として、作業前、作業中、作業完了の現場写真用に、また、アウトドアガイドの私的記録として、携行していただけの現場用カメラ、FUJI HD-1。アナログ時代のFUJI HD-1の、雑誌広告を手がけていた経験があったので、僕のフイルムからデジタルへの乗り換えは、迷いは無かった。フイルム時代のHD-1は、東京時代、ご用聞き、お使いで、下請けで、出入りした浜野商品研究所の代表、浜野安広さんが、自身の釣りを始めとするコアな水辺でのアウトドア遊びの中での失敗談、ほら話から生まれたロジックをプロデュースに込めた歴史的カメラである。彼はリーリース時の広告のモデルまで勤めている。(笑)。また同時期、安広さんが開発したウエスタン調のフライフイッシングベストが僕もデザインで関わっていたFOXFIREと言う釣りウエアブランドからリリースした時も彼は自らモデルを務めた。それがリリースされた年の総合カタログの商品撮影に僕は立ち合った。この頃の製作の現場は、誰もがアイディアを持っていれば、デレクションに加われた。「マサ君、色っぽい指先してるな、女性好みの知的な手だな。詰め切って、手のモデルしろ。」誰もがモデルだった。デジタルに、なってしまったけど、FUJI HD-1を首からぶらさげると、いつも、僕は、あの日の浜野安広先輩になれた。精神科的に言うとアップ状態になった(笑)皆さん達は、クリエーター、プランナー達、特有のマシンガントークに触れた事があるだろうか?無駄なおしゃべりじゃなく、研ぎ澄まされた言葉。バブル時代は、本当にダイヤモンドの原石として重宝された。僕も、そんな中のひとり。ジャガイモの花が咲き揃った朝、ニセコでは、其の年、第一回目の防除スプレーの日になり、
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by mugnum-yoda | 2010-07-02 17:42
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本日、悲しい事件をTVが報じていたエンジン音注意、相手殴り死なす 容疑のトラック運転手逮捕 -事実は小説より奇なり。何時も何か事件があると、決まってトラック運転手=不届きな人と扱われる。この事件の発端も、そんな社会に浸透した悪イメージの先入観が、逢ったのではなかろうか?実際、地域に張り付いた近距離の毎日の配送仕事をしていると、住民から罵声を浴びる事も珍しく無い。都市の渋滞、運転中に関しても、我が物顔で、他の車をあおるようなイメージとは裏腹に、逆に一般車、タクシーにパッシングされ、あおられたりする事が多い。会社から仕事先へ出向く前の朝礼は、ビジネスマン達には信じられないであろう程に厳しい。時には近隣の交通のお巡りさんも加わったり、損害保険会社の担当さんが、もしも、の場合のお話、会社内会社外で起こった事故の検証と対策。リスクマネジメントについて徹底的に勉強してからスタートだ。騒音や排煙に関しても、徹底的にアイドリングテストしているんだ。地域への道徳も同時にね。ドライバーそれぞれ、会社の規模に関わらず、看板を掲げた車を転がす責任を愛しているんだ。その後、僕は大手企業のCI計画設計を仕事にするのだが、プレゼンテーションの現場で運送業時代に得た経験が役立った。その中でも、その企業が所有する車輌のカラーリングやデザインは楽しかった。格好いい車輌だと、それを扱う社員はおのずと、がんばってしまうのだ。

あると
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by mugnum-yoda | 2010-06-21 19:56

長距離ドライバーの孤独

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2007年6月21日の記憶。アラン・シリトーのあまりにもパンクでアナーキーな有名な小説に『長距離ランナーの孤独』と言うのがあった。PUNKROCKの生まれ故郷、イギリスは労働者階級層の、お話。かのROLLING STONESもSEX PISTOLESも背景を同じとする。「理由なき反抗」「エデンの東」と並び不良少年文学の古典であろう。
まず、本日のエントリーは親友タカシF君に捧げる。格好付けてる訳じゃなくて、愚痴聞いて欲しくてさ。もう、何だか何だか解らんくなっちゃうくらい、寂しくて悲しくて、誰かと話したいけど、彼女と繋がる電話機は無し、テレフォンカードは無し、ピンク電話用の10円すら無いんだ。ふと、この、もう一年も大地を踏みしめていない現実に、鳥籠暮らしに悲しくて、空しくて、切なくて、黙っていても孤独感に涙があふれちまうんだ。何故か怒りすら覚える。まして月の威力が一番強い夏至の今日、病棟では、この見えない圧力に体調を心を見出す人が、更に夕刻の夕暮れ症候群と雨模様の不快指数も相乗して賑やかな夏至の果てとなっている。明日は病院の大きな作業療法イベントの動物園見学。様々な事情で参加出来ない人が吠えている。僕は、お金が足り無くて、この時期、外出するに必要な衣類も靴も準備不足。ファッションの街、原宿でもお洒落で有名だった僕には悲しすぎる仕打ち。今日は、明日の振り替えでリネン交換だった。前後左右裏表の間違い減ったが、担当看護助手さんに、「もうマイヤー毛布をタオルケットに換えなきゃ駄目だよ!」「夜30℃もあるでしょ?彼女さんに御願いしなさい。」去年、お古で良いから頂戴と御願いしたのだが…、と僕は口を尖らす。「誰だって、忘れる事あるから電話しなさい。」多忙なの解っていても大声出したくなる。自分が小さくて格好悪いしさあ。悲しい事だらけ。孤独と言えば運送屋の頃も、目まぐるしい程に忙しかったが、その忙しさに酔う自分も居たけど寂しかった。一本、長距離得れば、机に座って頑張ってる連中が驚く程に金になって、当時、古着のビンテージのコレクション、中古レコードのコレクションしていた僕は、そのプライスの高さに、一切躊躇する事無くコレクションを重ねられたけど寂しかった。何故か、そんな寂しさすら格好良いと自らが置かれた現実を美化していた。そんな時のささやかな愉しみであった車載の違法無線機。覚えているだろ?今夜はまさに、病棟に無線機を持ち込みたい気分だ。愛車は相棒だったね。愛車と言っても自分で選んで買い揃えた車じゃない。会社から、それぞれの経験,運転スキル、作業量に併せて支給された言うならばパートタイムラバー。TVドラマシリーズの「ナイト・ライダー」のナイト2,000号のように僕も、それを愛し、孤独な時を、重たい荷物に汗した日も一緒に過ごし、愚痴も聞いて貰った。運送業を齧った事がある人なら誰でもやるように支給された車にパーソナルなステレオを組み込み、内装をベルベットに豹柄に、メッキバンパー、メッキミラー。エアスポイラー、アルミホイル。グリル変更、イルミネーションランプ。と僕も普通乗用車の一台くらい買える金額を投入し、相棒を美しく飾った。その後、僕は雑誌VANNING& TRUCKI'Nの仕事をするようになったのだが、この世界の入り口を教えてくれたのが、タカシが教えてくれたリアル運送業世界で學んだ長距離ドライバーの孤独が生み出す。美の追求だ。誰だって自分のパートナーを一番美しくなるように努力しない奴は居ない筈。そんな僕のわがままに答えてくれた最愛のSちゃんの実物をタカシ君に見て欲しいよ。雨の東名高速、午後二時、早朝必着の沢山の長距離ドライバーに混じり僕も孤独を愉しむふりをしてアクセルを踏んだ。子供からの癖で孤独が極まれば極まる程に脳が冴えて冴えて、眠気覚ましのモカ剤が、興奮させるのか、僕はいつも考え事をしていた。冒頭に紹介した小説をランナーからドライバーに変えて映画を作りたい。と、何度も脚本を直した。この部分はクレーンで俯瞰撮影だとか、同スピードで並走して追い越しクロスで撮影とか、気分はもう映画監督で東へ西へと繰り返した日々。2007年の夏至を挟んで、北海道の湾岸線を北海道が生んだアナーキーでパンクなベストセラー作家、馳星周氏と、彼が描いた「Amazon.co.jp: 約束の地で」と言うロードストーリーをトレースした。ドライバーは僕、積み荷事故は起こした事が無い僕も、この時ばかりは緊張の連続だった。相変わらず綿密なリハーサル好きな僕は、同じ道順を本番まで二度,往復していたが、それでも緊張した。ひょっとしたら緊張のあまり吃りが出ていたかも?と推測する。道中、彼との会話からか、見る景色、全てが映画の場面場面のようだった。まして僕は大のロードストーリーフリークだからね。映画「イージーライダー」「カルフォルニア」「スターウオーズ」「エンドレスサマー」「ストレイト・ストーリー」「トウルーロマンス」それぞれ話し始めれば、ひとつひとつに文庫本一冊くらい書ける程、話したい事だらけだ。本日エントリーの写真、彼とスタッフを函館飛行場まで送り届けた帰り道、単行本の捨てカットに使えないだろうか?と考えながら、年間で最も太陽の出ている時間の長い夏至の一日を、恐らく早朝から走り込んでいるであろう長距離トラックに、自分自身の青春時代、親友タカシ君の姿を投影して写した。勿論、限られた条件の中、徹底的に美化してね。まだまだ、僕は長距離ドライブの最中。積み荷は、大切な命の恩人で最愛のSちゃんだ。タカシは、僕をびびりだ、チキンだと言うかも知れないけど、亀のように遅くても僕は安全運転しかしないよ。積み荷事故ゼロは僕のプライドなんだ。本体が大破しようと僕は死んでもSちゃんを守り通すって決めたんだ。タカシありがとう。星周君ありがとう。Sちゃんありがとう。この写真を写しながら僕はDeep Purple -のSpace Truckingをシャウトしていた。中学生時代、DEEP PURPLEのコピーバンドのリズムギター兼ボーカルだった。誰かの曲にこうあっただろ?「シャウトするのがエクスタシー!」って。COME ON SPACE TRUCKIN'!いつものように独リ大騒ぎしながらシャッターを重ねた。原宿時代COOLSのリードボーカルさんが始めた"SHOT!"と言う新しいブランドのデザイナーとして僕も仲間に加えて頂いた。
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by mugnum-yoda | 2010-06-21 16:41

I LOVE OTARU

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2007年5月10日の記憶。ただ、ただ。大好きな相棒Sちゃんに見せたくて、見せたくて。
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by mugnum-yoda | 2010-05-18 16:13 | SWEET LOVE
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2007年5月10日の記憶。二つの大きな葬儀を、裏から支え、親類からは、Sちゃんは裏喪主だよね。と言われる程に、段取りから、お金の出納に至る迄をこなし、心身ともに疲れ果て、脱力状態になった。僕の最愛のSちゃん、可能な限り力になりたかったけど、親類から働きを認められ、仲の良さを冷やかされたりもしたが、出しゃばって前に出て、お手伝いさせて頂けるまでは、信用を得ては居ないので、性格上、良い所を見せたい一心だったけど、きっぱり、目に留まらない所で、支える事に、疲れ果てた彼女を、そのままに、ニセコへは帰れず、インターネット・カフェ、長距離ドライバー達が仮眠するフェリー・ターミナル、等で、夜を明かし小樽に留まった。まだまだ、二日三日経っても、Sちゃんは、父、母と共に、市内はもとよりニセコ、親族の居る名寄と眠い目を堪えながら、葬儀の挨拶回り、返礼へと息をつく暇もない。更に、相続やら、お墓の件と、旧家の本家ならではの忙しさも加え、さらに、その長距離移動が何往復にも、名寄からの帰路らしい、SちゃんからSOSが鳴った。内容は、眠くてどうしようもなくて、また寝ちゃったら大変だから。眠らないように僕に電話を鳴らして欲しいと言う切ないものだった。実は、その昔、Sちゃん、居眠り運転で大事故を引き起こし、死に至らなかったのが不思議と言われる程、小さな身体がバラバラになった事があると、本人の口から聞いた事がある。頑張り過ぎちゃうDNAで、一家全員、好い眠り運転の癖があるんだ。と、その事を聞き、寿都の神社で交通安全、航行安全の祈祷とお札を手に入れプレゼントに伺った僕に、お母さんが、笑いながら、教えてくれた。その行為に、お母さんも喜んでくれた。僕は信心深い家に育って良かったと心底,嬉しかった。そう思わせてくれたお母さんの笑顔は素敵だった。先の事、考えると鬼が笑うと言うが、このときばかりは、Sちゃんも、将来、きっと目の前のお母さんのように、笑顔の似合う。素敵な女性になるんだろうな。と思った。喪中なので、彼女のストレス解消法のひとつである波乗りが出来ないんだ。と聞いた。僕は「平気だよ、そんなの迷信だよ、海に行こうよ!」とは言わず。「僕も喪に服すの付き合うよ、水回りには、仕事でも遊びでも行かない。」「もし、その期間に何か、あったら、バチ当たりだ。と言われるから、今日までSちゃん頑張った事が、その事で、ゼロに鳴るなんて嫌だろ。僕だって君がそう思われるのは絶対に嫌だよ。喪が明けたらパーティーしようよ。バンバン生みに行こうね。」彼女は僕の肩を押さえながら「ありがとう。」と目からは大粒の涙が、頰を伝おうとしていた。そんなSちゃんをニコッと、させたくて、色々考えた。何が良いかな。その当時、僕も車が無かったから、大きな事は出来なかった。宿泊所を出て、毎日、小樽の街を、ひたすら歩いた。それまでは、いつも見える距離にSちゃんが居ての小樽だったから、少し、心もと無かった。独り言癖の僕は、何を見ても、何を写しても。「ね、Sちゃん。」と、さも、隣に彼女がいるかのように、歩き続けた。お金も無いし、何をすれば、喜んで貰えるだろうか?そう、自問しながら、小樽の街は、ひとりぼっちでも悪く無い街だと感じた。こんな素敵な故郷を持つSちゃんに、ジェラシーすら覚えた。そんな矢先、目の前の大観覧車が西日を受け、少し鈍色がかった灰青の春独特の空に虹色の観覧車が浮き出た。その昔、いつか一緒に乗ろうね。と話しあった、その、今や小樽のランドマークと言っても過言ではない。小樽築港の観覧車を、珍しく何十枚も写した。そう、この瞬間の写真をプレゼントしようと決めて。しかし、慌てたせいか?早合点であった。実は、携帯電話の待ち受けとしてメールに添付しようとして構図を決めて写したけど。僕の携帯電話はメール機能がOFFの設定だった。その携帯電話は、葬儀の写真を手伝う僕と葬儀の期間、連絡が取れるようにとSちゃんが、用意してくれたもの。その時、見せれなくて悲しかったんだよ。その日から、かれこれ3年、渡し損なったまま。Sちゃん、お誕生日おめでとう。受けとって携帯の画面に、してくれたら嬉しいなあ。君の携帯電話の色を考えて構図決めたんだ。君への愛は、これを写した日の何十倍に膨らんだよ。お疲れさま。ありがとう。去年の誕生日のプレゼントは、ご免ね。エステにお金払ったから、エステに行ってなんて失礼だったよね。実はね子の病院の並びのエステだから、ついでに逢えるなって、ずるい考えも、あったんだ。ごめんね。男だって、無料は嬉しくても、はじめての床屋は、有名でも不安だもね。疲れて顔がやつれた。と聞いたから、病院の中に居て出来る最善策だと思っちゃったんだ。ごめんね。今日は、病院のお花見バス遠足で、病院野中は休日のようでした。僕は、全然関係ないけど、昨年5月14日に、外出した時の服装で、君との時間を思い出していました。愛しているよ。

観 覧 車 黒 南 風 の 中 よ く 回る/ 依 田 昌 也
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by mugnum-yoda | 2010-05-18 16:09

優しかったよね。

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な、DEWY.。僕らはSちゃんが居ると、ただ,それだけで幸せだったよな。未だにSちゃんと君の事を話題に出すと、昨日の事のように涙を流してくれているよ。耳を澄ませてご覧よ。優しい声が聞こえる筈だよ。
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by mugnum-yoda | 2010-05-01 19:39 | SWEET LOVE

愉しかったね。

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2008年4月29日の記憶、大好きに囲まれた一日だった。僕が毎日のように波乗りしていたビーチにて。みんな、ありがとう。
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by mugnum-yoda | 2010-05-01 15:01 | SWEET LOVE

バルビゾンを追い掛けて

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『とりわけここの風景素晴らしい。……要するにここに、しばらく暮らしてみたいのだ。』とは、敬愛する巨匠ジャン=フランソワ・ミレーが1849年6月28日、友人で代理人のサンスィエ氏に宛てた手紙の一節である。彼の言うこことは、その年、政情不安とコレラの蔓延するパリから家族を連れて、始めて訪ねたパリ郊外のバルビゾン村に避難する。そして、暗く煤けたパリから久しぶりに美しい自然の中に身を置くうちに、この土地に、すっかり魅了されてしまう。数週間の予定が、結局、そのまま他界する迄の26年間住み続けた。北には豊かに麦が実るシャイイ平原、東には有名なフォンテヌブローの森が隣接する土地で、彼は、農作業に汗する人と自然をモチーフに描き続けた。僕がニセコに足を踏み入れた年は、北海道拓殖銀行の破綻とともに崩れた北海道バブル、広告業に身を置いた僕の身にも、広告主から、代理店から実費すら回収出来ない有様だった。そんな暮らしの転落に東京は青山の社長令嬢だった当時の連れ合いが、キツい重度の心の病で入院、一日たりともお見舞いをを休んだ日がない。格子だらけの病棟、玄関から彼女のに逢う迄、先導する看護士が開いた施錠の数は10できかなかった。主治医からアドバイスで、「思い切って、都会を離れてみると良いですね。昼夜、一緒に、いてあげれる暮らし仕事が…。」思い立ったら直ぐ実行。大義名分とは裏腹に自分の意思ではないニセコ、都落ちのようで辛くてさあ。そんな鬱々とした日々に、このミレーの手紙の一文が僕を救ってくれた。新規就農、農機具を慌てて調達する足下をみられたせいか、本当に何度も騙されて、一台も手元に残らなかったのに、三台分のトラクターの金額を支払うはめに、「来年は全部任せるから、今年はこれで、」とスキー場の草刈り、バイト迄、雇って原価にも届かない。おまけに、揃えた機材は壊されるは、取り上げられるし、信じ過ぎる事を馬鹿呼ばわりされて本当に悔しい日々,そんな頃、更に輪をかけるように、その時の連れ合いが蒸発。その日から僕は廃人のように虚無の中。一頭の狼犬だけが僕の救いだった。何で犬達は涙が好きなんだろうね。「何で今日は泣かないの?」とばかりに顔を覗き込んで来るよね。不甲斐のないニセコの暮らし、どうもしようがなくて、ニセコって凄い美しいと自分を錯覚させたくて、来る日も来る日も写真を撮り続けた。本当のニセコじゃない、僕が作り出した架空のニセコを自分自身で楽しんだ。役場もひどいし、カメラ下げてるだけで変質者扱いの小学校も農協も酷いニセコ。自分で良い所だと言い続けなくちゃ、元来の放浪癖に襲われそうだったし。昨日訪ねてくれた友人から聞かれた。写す理由についての返答です。そして、今は小樽がミレーの言うバルビゾンなんだ。大好きな人も生まれ育った街だしね。僕の素敵な人の生まれ育った小樽って凄い奇麗でしょ。って沢山の人に、まだまだ自慢し続けたい。勿論、愛する人に見せたくて写したいのだ。質問を寄せてくれた彼に取っての写真は、名声であり、お金の手段と言っていた。そのような言い方をすれば僕の場合、コミュニュケーション障害をもつ僕にって写真はコミュニュケーションツールであり、心の病からのセルフ・レスキュー手段にほかならない。彼が来てから手元にカメラ機材がない事に苛立って嫌だよう。小樽を写しに行く機材が無いよう。防寒靴が無い。手袋も帽子もジャンバーも。Sちゃんの車の中らでも良いから小樽を写したい。
ブログランキング参加しているはず。皆様オイラ何位なの?。クヨクヨのオイラにカポチリ!お願いです。コメントも、愉しみです。Sちゃんを、僕を喜ばして欲しいよう。
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by mugnum-yoda | 2010-02-04 13:29

旬と鮮度

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季節の味は景気がどうあろうと、普遍の価値観で欲望へと繋がる。「市場流通と心理学」なんて教科書の名前だったろうか?商いの基本、海のものを山へ、昔、軽井沢の星野温泉で住み込みで働いた頃、僕の仕事場は厨房だった。毎朝、明け方の4時頃、日本海沿いの街、直江津から生鮮食品を満載したトラックを迎えた。北海道では見た事がない、昆虫のように手足の長い蟹が動いていた。山奥で見る生きた蟹はエイリアンそのもの、その頃、生鮮、特に魚介類の目利きを覚えた。浜値、に流通原価を加え、山値。ニセコへ届く価格帯も山値と呼ばれていたね。写真にも鮮度があり、旬なものに値段が付く事も知った。「依田さん、新雪で遊ぶレトリバー犬種のパピーの写真無い?青天井で縦位置で表紙構図。」残念ながら、この時に在庫は無かった。だが、僕に旬と鮮度をろじっくさせるのには充分すぎる程のエピソードだった。掲載の写真、丁度ニセコと小樽の中間地点、人生で最重要な用件があり、毎日往復していた時期のシューティング。列車ダイヤと天気図と小樽機関区の情報を地図に落とし込み、手に入れた一枚。皆さん知っての通り僕は写真初学の頃からのSL小僧だ。最近、「ゆる鉄」なんて言葉あるけど、僕の鉄道写真は、コテコテの硬派、運転士に合図を送るのは当然。この朝も、最愛のSちゃんが用意してくれた、視認性の高い蛍光オレンジの防寒着で合図、警笛二続いて、ラッセル車のトルクがあがり、跳ね上がる雪のスプレーが大きくなった。SLの場合の排気ブレーキの後の黒煙のように、その飛沫が頰にチリチリと、勝手に顔がにやける、フォトグラファーズ・ハイ。このオレンジの防寒着、彼女が少年少女のスキーのコーチをしていた頃のだと言う。充分に、その視認性は功を奏で、しかも何故か、彼女に抱きしめられてるような素敵な気分。そう、この写真も待っている大切な可愛い娘ちゃんに見せたくて、コメント、お待ちしております。ブログランキング参加中。皆様にお願い。道具も無いけど、写真への愛情は負けないよ、新しい写真じゃないけどカポチリ!お願いです。コメントも、愉しみです。Sちゃんを、僕を喜ばして欲しいよう。
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by mugnum-yoda | 2010-02-04 09:14

視認性の高さを理解する

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どうでしょうか?北海道で、生まれて育った僕の『これが北海道』的、色世界?今日の夕刻のニュース、吹雪の名所の実家近辺で、視界不良で電車の衝突事故。一瞬、風のブロウが入ると、急に視界ゼロのホワイトアウトに、夜だけではなく、日中も粉雪の煙幕の中に太陽光が乱反射して、天地左右が解らなくなる。慣れないと船酔いのように具合が悪くなる。北に暮らしていると、好きな色とは別に必要な色と言うのが、幼い事から五感を通してインプットされるのである。当然のように、北国で職業としてカメラを選ぶには、これらの色の再現をマスターする必要がある。生活を守る大切な色なんだ。
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by mugnum-yoda | 2010-02-03 19:36