2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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2008年7月27日の記憶。
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by mugnum-yoda | 2010-07-22 16:48

いよいよ、僕の季節。

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2008年7月27日の記憶。本日の北海道新聞に小樽、潮まつりの特集の見出し。内容を確認したくて、うろうろしたが、二回詰所の新聞は、中々、見る順番があり、僕は暗黙の掟の中、回って来ない。読んでいる人の横から覗き込むと、「お前、まともに見れないんだろ、邪魔だから部屋に帰りなさい。」と、一喝。悲しいけど現実である。そう言う事が多いから、個人で新聞を的購読する人も少なく無い。まして病状で所有欲の強い人多いからね。同じ新聞を読んでいる人の側で、もう少し見たくて、何度も行ったり、来たりしていると、「読み終わったら、お前に売ってやるから金持ってこい。」悲しい、大好きなSちゃんに電話する為の10円すら、僕は持って無いんだ。でも、今日の潮まつりの記事は、見たくて、見たくて。道内に支店を持つ新聞社の全て、そして北海道新聞の仕事も、デザイナーとしてプランナーとして、報道カメラマンとして、お手伝い、沢山して来たのに、新聞見れない。只で、一杯、写真も提供して来たのに、一日分ぐらい正直,プレゼントして欲しい。皆様、潮祭りの詳細は第44回 おたる潮まつり ♪♪ | 小樽観光案内所スタッフブログも併せてご覧下さいね。本日の写真は、先日のエントリーの物語に登場の若き漁師と奥様です。ありがとう。
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by mugnum-yoda | 2010-07-22 11:50

神輿がやってきた。

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2010年7月15日の記憶。

君が居る それだけで良し 夏祭り / 依 田 昌 也

9時までに、どうしても病院に、帰らなくては行けなかった。暗い社へ続く階段を、心配していたように転倒する事無く上り下り出来た僕。社の中での巫女の舞いの撮影も、聞かれないと、何処が障害なのかわからない程、例年のように慣れた感じでスムースに動けた僕。パートナーのSちゃんは、そんな僕に、もっと慣れた事をくり返させてあげようと、毎年恒例の神輿の見せ場である宮入を僕に撮影出来るようにと事前に下調べして、自らが神輿を担いでいた時の経験で培った、神輿の移動にかかる時間を照らし合わせて「無理かな?」「9時はタイトだよね。」「病院まで急いでも20分だもね。」「今夜の夜勤さん誰なの?」「久しぶりの許可だもの、遅れたらまずいよね。」嬉しいような、困った顔が何時に無く女性らしかった。「マ〜ちゃん、ご免ね。写せないかもしれない?」「マ〜ちゃん。お神輿、どうしても写したいでしょ。」そうやって話しながら、彼女の手は僕のズボンのベルトループを掴み僕を支えていた。「Sちゃん、僕、写せなくてもいいよ。君が居てくれるだけで良い。」そう待機する僕達の視界に、神輿を先導する一軍が見え始めた。「マ〜ちゃん奇跡だよ!」「あり得ないよ、きっと神様が、マ〜ちゃんに、写して貰いたいんだよ!」「マ〜ちゃんが来てるの解ってるんだよ。だって、この時間に、此処に神輿が来る筈無いもん!」何時になくてなく興奮して激しい口調のSちゃん。暗闇で危ないせいもあり僕は彼女に強く強く握りしめられながらSちゃん言葉に頷いた。ほんの僅かな時間だが、混雑する暗がりを転ぶ事無くぶつかる事無く撮影出来た。手をとってくれる訳じゃないけど、撮影中、僕に何か有れば抱き起こせるような体制で付かず離れず僕の傍らに最愛のSちゃんが居てくれた。こんな嬉しかったのは、発症以来始めてであった。Sちゃんありがとう。愛しています。Sちゃん、この夜、そのものより、病院に帰って、直ぐにデータ見れなくて、翌々日に、この夜に写したデータ見れたんだけど。見ると、この暗がりの混雑の傾斜の地面なのに、全て真ニュアルで写したのに、ちゃんとピントが来ている事が、本当に嬉しくて涙で、ぐちょぐちょになったんだ。ありがとうね。露出も、どうにか許容範囲だったし。本当に、ありがとう。あの夜から、トイレで、発症した為にトラウマで、トイレ荷入るとき君が居ないと死んでしまうような感じが襲って来るパニック障害で、子供の頃、母に氷室に閉じ込められたショックで強烈な閉所恐怖症も相乗して、トイレ怖くて排便もままならなくて、ストレスの多い女の子的に、便秘になり、メタボリックに成る程、トイレは僕の難攻不落出逢ったの知ってるでしょ。でも、君との外出の後は、今までのトイレでの失神や貧血が嘘のように、何の苦労も無く、自力で心地良く出ました。そんな僕に、看護士さんは、「もっとSちゃんと居れば、依田さん、薬も病院も必要ないね。」って、嬉しかったよ。
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by mugnum-yoda | 2010-07-21 20:07
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2008年7月29日の記憶.本日から札幌大通り公園のビヤガーデンがオープンだと、情報番組が、中継していた。ふと大好きなSちゃんと、そのビヤホールへ出かけた夕刻を思い出していました。実は二人とも、お酒が飲めないんだ。そう言うと、必ず「うそ〜!」と言われる程に、お酒が強そうな顔をしているそうである。彼女無家は酒タバコを扱う商店だが、彼女は、どちらも口にしない。僕は、曾祖父が日本で始めてのトウキビから作るお酒の工場を営んだルーツをもつが、つまり黍焼酎,一般的にはバーボンウイスキーの事である。一昨年他界した祖母の話では、曾祖父はニッカさんとも交友があり、のち解放前は、ちょっとした大財閥だったので、ニッカさんへ曾祖父がお金を工面した事もある。祖母はボケが始まってからも、有名な、誰々にお金を貸した。用な話をする時は、少女の目であった。事業はウイスキーすら一般的では無い時代、無理な話であり、出来上がった製品は沢山居た従業員で飲んでしまったようだ。その工場の酒造りの道具は北海道の開拓の歴史の資料館に一部置かれている。そんな家の血筋を受けても父も、僕も、一切アルコールを口にしない。でも酒の雰囲気や席は好きだ。東京では、東急エージェンシーに、ご用聞きする中で、ワインの仕事を随分とさせて頂いた。キリン関係の仕事は第一企画さんだったかな?皆さんは、東京麻布十番から防衛庁側に抜ける行き止まりの道にメイ・ウシヤマさんのハリウッド化粧品の道路を挟んだと頃にハートランドビールのバーが、あったの覚えていらっしゃるでしょうか?あのハートランドビール、ロゴから、マークから、COWBOYが牛に押すような焼き印を入れたポスター、パンフレットを含め、店の立地から店舗デザイン、プロモーション、プランニング全部を手がけさせてもらったんだ。焼き印のアイディアは大好きな先輩ジェームス藤木さんのギター、グレッチのカントリー・ジェントルマンに押されているGマークをヒントに、マニアックに楽しむだけで、先生と呼ばれた不思議な時代でした。札幌の大通りのビヤガーデンも、当然ビール会社のプロモーション合戦の場であり、それぞれのサービスを、広告クリエーターとしてイベント・プランナーとして、大好きなSちゃんとの時間を満喫した。
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by mugnum-yoda | 2010-07-21 19:25 | SWEET LOVE

大漁旗とベンツ

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2008年7月6日。皆さんはベンツにどんなイメージを抱いているのかな?フォトグラフぁーを始めとするクリエイターにも人気があったけど、今は、どうなんだろう?原宿時代、当時の社長であったCOOLSのリーダーのベンツで、僕は乗り心地、室内の密閉感、加速路の安定感。毎日のようにWAXをかけ、そのボディの塗装の厚さ、金属のRの美しさを覚えた。注目度、ステータス感も、明治通から青山へ、給油に通うだけでも味わえた。その頃、僕は映画「ブルースブラザースに感化されて、オンボロのキャディラックを愛車にしていた。古いRock&Rollの歌詞に、頻繁に「キャディラックでもダイヤモンドでも買ってやる。だから、側に居てくれ.」的な常套句が有る。やはりダイヤモンドと並べるのはキャディだからね。アメリカじゃ成功を掴んだ証のように、ELVISが手に入れて以来、後続のセレブリティは、こぞってキャディラックを手に入れ赤い絨毯の端に車を停めた。ベンツもキャディラックに継いでセレブリティに愛されるようになったのは、それから20年は遅れる。あのウッドストックの女王、ジャニス・ジョプリンの「ベンツが欲しい」は、アメリカン、セレブリティを動揺させた。この曲のヒットにアメリカと言う新しいマーケットをターゲットとした.何らかの、プロモーションのプロによる戦略が秘めているのではないかと?僕は同業者として疑い調査、推理したのだが、どうも決定打が掴めなかった。そんな僕の話を面白がったローライダー系、改造車の専門雑誌に、それを元にしたベトナム戦争をも販促材料としたアメリカ音楽業界とビートニク&ヒッピーの短編小説を掲載させて頂いた事が有る。北海道でのベンツの扱いは、積雪そしてアイスバーンの環境で、四季を通して愛用する事は難しく、でも人口,一人に対しての土地面積に余裕が有るから、車を一台に絞る事は無いから、最愛のSちゃんですら、そうであるように、獄一般的に複数台、車を併行所有する事は珍しく無い。その中で、ベンツは、やはり成功のシンボルであり、悪い言い方をすれば、成り上がり者の勲章のようにね。特に若い農業経営者、若い網元さんが、ちょっぴりヤンキーな乗りで所有する方が多いベンツである。この所、国の政策に守られた、海洋牧場的な養殖事業が補助金も有り、死のリスク高い沖合に船を出す事無く収益も安定する為に、若い後継者も育ち、都会的なオール電化の新築住宅を海の見える一等地に建てセレブリティ生活を大家族と共に送っているのだ。その昔、北海道ぎょれんの銀行であるマリンバンクさんのロゴ、キャラクターデザイン、ポスターに至るまで手がけさせて戴く中で覚えた、漁業経営の収支に、かのヘミングウエイが男なら漁師にの言葉が頭に共鳴してたまらない時代があったが、新規就農には挑戦し、赤字で大失敗したが、漁業に関してはアウトラインは下調べしたが、ついに憧れのディーゼル漁船にて絵付け金を打つ事なく、昨日の海の日を迎えた。こんなに海が好きなのに、病院から、海までの距離は5分と無いのに、海の日に、海が見れない寂しさ、悲しさ野中、久しぶりに大好きなSちゃんの名前を叫びまくった。本当に連休は、外出、外泊者多くて、更に、知人友人が面会に来る人も多いしね。連休は心細いと悟る送り主から海の日に必着で、多くの人に精神安定剤効果ある贈り物が届いており、悲しいけれど嫉妬してしまうしさあ。今夜も34℃、相変わらずタオルケットが無い僕。更に本日、お気に入りにサンダルのソールが剥がれて、顔面からダイブしてしまった。明日から履くサンダルが無い。悲しい。写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願いますところで、なんいなのかな?
こめんとも、すごいうれしいです。おてがみも、ぽすとかーども、ありがとう。かめらも、しゃしんきざいも、もってないけど、しゃしんをあーとと。とらえるかたには、いろいろ、おおしえできることがたくさんあるとおもいますので、なんなりと、しつもん、およせください。よろしく、おねがいします。
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by mugnum-yoda | 2010-07-20 20:12

何時も特等席

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2008年7月27日の記憶。振り返れば、僕は、どのカメラマンよりも上座に陣取らして頂いた。この写真の朝も、最愛の不思議な力に誘われて小樽の漁港へ、車を停めた目の前で、祭りのハイライト「潮わたり」に出向く漁船が、祭りの飾りを付けている真っ最中であった。漁師が埠頭に置いた祭りの幟をちらりと見た瞬間、僕は、その幟が、今、彼が必要なんだと悟り、束ねられた何本かの幟を、その若い漁師にの元へ、僕は、断りも無く岸壁から1メートル位距離を置きアイドリングエンジンで待機する。まだ新艇の雰囲気の残る、真っ白が眩しい漁船に乗り込んだ。船に立つのは久しぶりであった。丁度、僕の船舶免許で操船するのに手頃な漁船であった。そんな事を考えながら、幟で船を飾る手伝いをした。赤と白で染め抜いた。「潮まつり」の幟をセットのプラスティックの組み立て式の白い支柱に通し、要所、要所を付属の紐で結んだ。広告業の中で数えきれない程,繰り返した作業だ。東京のレンゴー産業での捨看板の仕事に
はじまり、三菱自動車販売の販社様向けのSPツールに、ダイア建設さんのモデルハウスオープンの来場者誘導の幟。そんな経験で手慣れた僕の作業に、若い漁師も彼の奥さんも、僕の手順を真似てくれた。僕は何故か何も話さなかった。時間にして、ほんの僅かな出来事であった。彼の目線が今度は、僕を此処まで運んでくれたまま待機してい相棒Sちゃんと、Sちゃんのワゴン車の横に置いたままの大きなマンフロットの三脚とカメラバックを見ていた。Sちゃんは彼と何度か視線が合う度に、彼に何度もお辞儀していた。「奥さんかい?」と彼はそうだと答える方が早いときもあったが、この時は「彼女は仕事のパートナーなんだ。」と答えた。「うちと同じだな。」と彼は彼の奥さんの腰を抱き寄せ僕に笑った。「兄さん、仕事はカメラかい?」僕は横目で大好きなSちゃんと視線を交わしながら、彼の問いに、ただ、首を、しっかり縦に振った。小樽は職人の街なのもあり、多くの芸術家を排出した歴史、黒船以前より大陸との交易があった街であり、そこに暮らす人は僕らのような横文字商の専門職に対して何の疑い無しに歓迎してくれるのが嬉しい。ニセコの近くの蘭越町などは、スナップにカメラを持ち歩くだけで覗き趣味のある変態だと通報までされてしまう。そんな事ばかりだった。そんな僕に小樽はエルドラドであった。勿論救い出してくれたのは、最愛のSちゃんである。

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by mugnum-yoda | 2010-07-20 09:16

祀り舟

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2008年7月15日の記憶。祭りは、つまり神は、
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by mugnum-yoda | 2010-07-20 06:53

官への敬い

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2008年7月6日の記憶。小樽の7月は、神事が毎日のように何処かで行われている。僕は、その神そのものより、神を信じる人々の姿にすこぶる尊厳的な美を感じる。そんな瞬間を追い求めて、小樽を巡回するバスに幾度も乗り込んだ。僕の写真には頻繁に官へ使える人々が登場する。ただ只、格好いいと思う!僕は制服フェチである。その昔、COOLSのスタッフの制服が黒の羊皮のポリスシャツに黒の皮パンツだった。今思えば写真のスタジオ仕事に向くような出で立ちであった。偶然の巡り合わせか?僕の隣のベットには元警察官であった方が休んでいらっしゃる。本当に、心身ともに擦切れるそうだ。お疲れ様です。復帰の暁にもHEROIZMを胸に抱きシャッターを押して行きたい。敬礼!写真ブログランキング参加しています。皆様、少し心にも明りが刺して来ました。現場復帰への励みに、今一度カチャリ!と応援願います
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by mugnum-yoda | 2010-07-20 06:24
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2010年7月15日の記憶。僕が入院中に起きた事件の事を、最愛のSちゃんから聞いた。全く浦島太郎な僕。恥ずかしかった。写真を仕事にしているのに写真業界で起きている良いニュースも、悪いニュースも聞く手段も無い事に、悲しかった。手術をした急性期の僕を尋ねてくれた写真仲間は、今度来るときは写真雑誌持って来てあげるね。と言う人が多かったが、結局、入院中、手に出来たのは、つい先日、お世話になっている写真器材の輸入販売の株式会社テイク様から届いたCOMMERCIAL PHOTOのバックナンバーのみ。嬉しかった。ふとアフターサービスの事を思った。庭師の頃、仕事をさせて頂いたお宅へは、何の電話も無かったが、その老人一人暮らしの家に用も無いのに声を出した。丁度今時だと、縁側で戦時中の話を聞きながら、一人では食べきれないからと前置きされ縁側で西瓜を頂いた。夏休み、フイッシングガイドで夏休みの親子をニセコで案内した。釣った魚を夏休みの宿題にもって帰りたいと、その子は泣いた。写真を写してあげたのだが、それじゃ学校で信じてもらえ無いと、更に泣きじゃくった。僕は、その時、ある事を思いついたので、彼が釣り上げた糧を、こっそり隠した。そのまま二人と別れたが、ホテルの夕食の終わる時間を見計らって、日中の、僕が所属するアウトドアガイド・カンパニーの車では無く、僕のマイカーでホテルの車寄せに駐車した。ふたりをピックアップし、暗い夜道を走り深い森と隣接する公園の大きく明る伊水銀灯の前で彼らを下ろし、僅かの間にホームセンターで揃えた捕虫網とプラスティックで出来た。魚にも昆虫にも使えるような華奢な篭を渡し、僕は、いつも車載している愛用のラストライト社の180×120cmのシルバー/ホワイトのリフレクターを白い面を水銀灯に向けて立てた。実は、僕から林野庁のフォレストガイドの講座を受講した方なら知っている夏の昆虫採集の必殺用具である。その夕暮れも、お父さんが興奮する程、カブトムシ、ミヤマクワガタ、カミキリ虫が怖い程に、集った。全部、持って帰りたいと、今度は、僕と同世代のお父さんが、ぐじぐじ言って面倒だった。ひとりに付き一種類、一匹と、勝手に何の根拠も無く僕は言い切った。照れた。親子をホテルまで送り届け、今度はお父さんの招待で、僕はその親子と、そのホテルの温泉の露天風呂を楽しんだ。「依田さんのお子さんは何人ですか?」「何歳ですか?」いないよ。」と答えると不思議がられた。何時も、そう思われる。子供は嫌いじゃない。むしろ好きな方である。ブラット・ピットのようにしてみたい気持ちもある。翌朝、ニセコを発つ親子を見送りにまた、ホテルに。昨日、彼がつり上げた虹鱒の小さな方を、囮鮎を生かして置く特殊なクーラーバックに乾電池でエアを吹き出すブクブクを取り付け、中には取れ立ての湧水と虹鱒と氷らした畜例冷剤アイスノンを入れ彼にクーラーと、僕のニセコの住所を書き記したクロネコヤマトの着払い伝票を渡した。所属していた、ニセコ・アウトドアセンターで、過剰サービスで怒られていたが、だが、奏せざる得なかった。こう言った行動をついしてしまう僕は集団行動に向いていないそうである。株式会社テイクさんをはじめ、先だってボーゲンイメージングからマンフロット株式会社、そしてGINICHIスタジオショップさん、プロペット株式会社さんから、僅かな少量ロットの取引しかさせて頂いていないにも関わらず復帰に向けてままならない僕を案じて頂き。嬉しい夏を過ごしております。その昔、朝日生命さんと三菱自動車販売のセールスマン真ニュアルをデザインした事があるが、其処にあったように列記した会社の皆さんは顧客のメンタル面をも読みとったアフターケアと言う。欧米的な顧客対応の厳しい従業員教育を受けたのであろうと想像いたします。株式会社テイク様、暑い中,本社移転おめでとうございます。見ている皆様にお知らせ、GINICHIスタジオショップの激安のGIN-ICHI オンラインショップ - トキメキサマーセール、いよいよ7/23迄となりました。この機会を見逃さないでね。僕にプレゼント贈るも良し(冗談ですが…、)絶対GIN-ICHI オンラインショップ 見てね!わくわくするよ!さて相棒Sちゃんから聞いた写真業界のニュースとは、僕が麻布十番時代デザイン&アートディレクションさせて頂いていた東京ニュース通信社の、皆様ご存知のTVガイドの表紙を撮影して頂いてた、あの篠山先生のニュース。僕が、今、写真の専門学校出ていないのに、いっぱしのライトを組めるのも、この時期の先生のスタイルを一度、同じ機材を揃え完全コピーした事が始まりなんです。その当時、土屋さんがアシスタントされていて、思い返せば、ディレクターを良い事に「ああして!」「こうして!」とこうるさく土屋さんを使ってしまいました。恥ずかしい。篠山先生が、僕にいつも、おごってくれた、麻布十番、一橋バス停前の2階にあった上海カニで有名な韓国料理店の名前なんでしたっけ?土屋さん?僕は、このブログのアドレスにgekisyaと使っているのも、篠山先生の大ファンであり続けている事を、皆様に伝えたくてね。篠山先生の
写真を部屋に飾ったのは中学生時代、矢沢永吉率いるCAROLのレコードジャケットとポスターを。その矢沢永吉さんが、今、入院している病院から車で5分の場所で開催されるライジンググサンinEZOと言う夏のロックフェスにやってLくる。僕は性懲りも無く、矢沢永吉さんの写真を写したいと各所にラブコールさせて頂いている。本人に直に泣き言言いたくて、エーちゃんと親しいCOOLSの先輩に、少し手伝って頂いている。本番前に彼の新譜誰家聞かせて
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by mugnum-yoda | 2010-07-19 19:58 | SWEET LOVE

そろそろ出船だね。

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夏カモメ 現れ病棟 客船に / 依 田 昌 也
この写真を写した朝も、僕を見失わない距離に、最愛のSちゃんがいて、僕の撮影の一部始終を、家業の配達、仕入の連絡を待ちながらワゴン車の運転席から見ていた。2007年の夏の日。PCの中の、この写真を眺めながら2009年の夏、僕は病院から一歩も出ずに、大好きなSちゃんとの時間を来る日も、来る日も回想した。そんな時、窓から中庭越しに空を見上げると、一匹の大きなカモメが紺碧の空に円を描いた。その瞬間、僕の病院が白い客船そのものに見えた。その日から閉鎖環境で行動制限が多い病棟だが、病室では無く船室だと思うと、すこぶる心が楽になった。窓からの現実の景色は変わらないが、毎日、見続けていると、何かの拍子に、心が変わると、目の前の景色が、がらっと変わる。僕に、その何かの拍子を与えてくれるのは、いつも最愛のSちゃんだ。この俳句に登場する夏カモメとは、勿論、最愛の僕の女神Sちゃんの事である。芸術表現に於けるメタファー(隠喩)に深層心理の自分を込める事は、セルフレスキューである。絵画も音楽も、文学も、勿論、写真、映画も何かしらの寓意性を孕ませなければ、昇華しがたいのではと、精神科的病状の治療を受けながら僕は考える。見ている写真ブログの皆様。僕に貴方の心を見せて下さい。本日、僕は.早朝、休日のリーダー看護士さんよりSUNSTAR STROBOさんより届いたダブル調光できるD-seriesジェネレーターの詳細カタログに、何時に無く、少年の頃のように、心ワクワクです。あの娘に逢いたい。あの娘が写したい。カタログ奥って下さるメーカー、取扱業者の皆様、本当に、ありがとう。僕はアートディレクターとして、デザイナーとして、コピーライターとして、製版職人として、印刷機オペレーターとして、DTPのプロとして、版下屋として、イラストレーターとして、写真家として、数えきれない程のカタログの製作の現場の中で生きて来ました。はじめてが19歳の時で、現在49歳だから30年、経験を積んで来たので、カタログを手に取る喜びは、初孫を抱きしめる翁のような感じです。ありがとう。運んでくれた運送屋さん、ありがとう。
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by mugnum-yoda | 2010-07-19 07:38