2008年12月5日、老舗ロックバンドTHE MODS撮影中!くも膜下出血を発症、一緒に仕事をしていた最愛の女性の迅速な対応が功を奏し、重症ながら危篤から生還。身体の後遺症、心の後遺症の中、自分探ししています。


by mugnum-yoda
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ありふれた自宅前の風景

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2008年5月28日の記憶。毎日、何をして良いか解らないんだ。病院の外を歩きたくてもNO!、窓の外の若葉を摘んでみたいけどNO!、病院の犬に触れたいけどNO!、何か海の写真集見たいけどNO!、明るいルノワールとか柔らかい名画の載った本画見たいけどNO!映画のポスターやらを集めた本が見たいけどNO!パソコン修理したいけどNO!病室の片隅で、商品撮影の照明セットして試行錯誤したいけどNO!海を見たいけどNO!渓流解禁だから釣りの話したいけどNO!Sちゃんと外出したいけどNO!明るい陽射しに合わせてシティ迷彩やら湾岸迷彩のカーゴパンツでお洒落したいけどNO!ジグソーパズルで時間を潰したいけどNO!お友達のアシンメトリー婦人さんの片方だけのパンプスように絵を描いて彩色に没頭したいけどNO!花冷えで肩が痛くてダウンベストでも着たいけどNO!末梢部位の冷えと異常感覚と汗に柔らかい靴下手袋したいけどNO!大好きだった鉱物図鑑みたいけどNO!春、遠くに大型トラクターの音が聞こえる丘で双眼鏡を手に、撮影地の選択にドキドキしたいけどNO!最低限の撮影機材くらい欲しいけどNO!せめて美味しいアイスコーヒー,ガムシロップ抜きでも良いから飲んでみたいけどNO!氷の音って?身体が動かない自信喪失での重度の鬱で、何もしたく無い病じゃないんだよう。やりたい事が全部、全部。八方ふさがりで前に進めないだけなの、毎日毎日、去年の今日は、一昨年の今日は?三年前四年前の今日は?って、Sちゃんが海の前の僕の家が処分される前に救出してくれた120Gのハードディスクの中に残されたjpegデータを見てはため息、そうだ、もう少しで、また5月28日がやってくる。じゃあ、この一昨年の5月28日に写したデータを新しい5月28日が来たらブログにエントリーしようと、農家の人が過去の作業日誌を紐解いて今年の作業の指針にするように、僕は僕自身の健康であり幸せだった日の記録をトレースしています。大好きなSちゃんと時間を忘れて寄り添いながら美しい光景を一編の大作映画のように鑑賞しながら、ずっと、ずっと、お話していたい。これはNO!じゃないの知ってるんだ。彼女の大好きな家族が苦しんでいるんだ。僕も、昔のように一緒にお祈りしてる。先日、お伝えした春の授勲、再入院した病室で先週受けたと報告を受けました。僕、その瞬間の写真写したかった。Sちゃんの家族に共鳴し、ライフワークのひとつと決め、写し続けてきた消防士の居る風景。その締めくくりに、受賞の瞬間の写真が欲しかった。小樽の消防に長年貢献した実績を認められての瑞宝単光章だからね。こう言う喜びの話しって皆さん興味無いのかな?僕的には、鳥肌が立つ程二武者震いみたいになって嬉しくて興奮しちゃうんだけど。おめでとう!のコメント、ひとつも来なかった。僕は未だにすっごく嬉しい!父さん、格好いい!いえい、いえい!万歳!万歳!万歳!
また、間に合わなかった。本当は、今日の写真、5月28日のエントリーしたかった。病院での時間,時間たっぷりありそうだけど、自分の自由にして良い時間は限られてるから、計画してもNO!な事、多いんだ。相変わらず外出者,外泊者、面会者の来る人多くて、胃がきりきりり。「依田さん素敵な彼女さん来るの?」「いい天気だよ、デートしておいで。」塞ぎ込む僕を配慮してのスタッフの優しさが涙の引き金に…。
Sちゃん。
『君がいなけりゃ、BABY I'm Blue…,No,No,No,No,No,No,No.』
by funky monky baby/CAROL

日曜日は、何時にも増して大好きなSちゃんに逢いたくて、逢いたくて。寂しい。おしゃべりしたい。
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by mugnum-yoda | 2010-05-30 11:49
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いきなり、GFから凄い青空を見せて貰った。彼女は忙しい中でも写し続けてたんだけど、僕に見せるの躊躇っていたらしい。僕の外の景色が見たい気持ちも、汲んでくれ、病院の外に一年間の間に一歩も出られない僕が、表に自由に行き来出来る人も、空を飛ぶ鳥にすら嫉妬を覚える事も充分に理解してくれてるからね。その青い空の一連のデータを届けてくれた時も、僕の傷つきを緩和する為に、僕の写真の大ファンだと言う人を引き連れて彼女は現れた。
ありがとう。Sちゃん、愛してるからね。
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by mugnum-yoda | 2010-05-27 17:22 | SWEET LOVE

巨匠はセルフがお好き。

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病棟の新聞、閲覧の順番、僕は最下位に属する。まず20年、30年と入院の長い人から順番が決まっている。横入りして見るのには、面倒見と称して、おやつ、ジュース、生活用品、本、CDとかをスタッフの目の届かない所で、先輩諸氏に渡さなければならない。それを強要する。通称たかりの人も多い。それが出来ないと仲間外れ、そんな煩わしい事が嫌で、病棟で購読している新聞と同銘柄を個人で定期購読する人も多い。俺でも毎朝、誰々が誰々の新聞に勝手に触ったとか、新聞の折り込みチラシが盗まれたとか、必ず騒ぎがある。そんな事に巻き込まれないように注意を払いながら覗く新聞にウォーホル自画像、30億円のタイトル、気になって気になって、新聞を読んでいる取り巻きに恐る恐る接近し、何度も覗き込んだ。ひとつの皿に盛られた餌に犬が三頭ぐらいが同時に頭を入れて食べている、一触即発の状況あるでしょ?背中の毛が立ち上がってる時、まさしく、そんな感じの所に、興味の無い振りをしながら、正しく視認出来る右半身を前に向けて6回くらい眺めたのちにニュースの内容が把握出来た。僕の憧れのアンディ・ウォーホルさんの自画像が落札されたと言うニュースだ。ウォーホルさんの写真にレイヤーする、写真を分版作業から生まれる別版をシルクスクリーンの鮮やかさ、更にレイヤーをポジ側だけではなく、ネガ側のアンダーを更に黒くする為にも用いられている。決めては写真の輪郭をトレースするようにフリーハンドで描かれた版に蛍光色がグラデーションで、更に作品に寄っては、金粉、メタリックフレークが配されたり、そんな手順のひとつひとつを僕は分析した、製版オペレターとなったとき、100%僕はウォーホル先生の影武者が勤まりそうな程に、再現する事が出来た。それらの技術を当時アート・ディレクターしていた釣り人社の釣り雑誌"BASSER"紙上で再現した。アメリカンなバス釣りに、そのスタイルは心地よかった。純和風の鱒釣りの単行本でも日本伝統色を特色に用いて和製ウォーホルになってみたりして遊んだ。僕の不思議な印刷指定原稿を眉をしかめずに楽しんで再現してくれた図書印刷のオペレーターの皆様に感謝。本当にウォーホルさんには色々と學ばしてもらった。彼の作品、ELVISだけはシリアルナンバーの若い直筆サイン入りを持っていた。モンローも持っていたが現版はオリジナルだが本人がプリント作業した物ではなく、ライセンスものだった。そんな作品を少し削ったり光を透過して手順を學んだ。警察の鑑識とか監察医のように僕はウォーホルを解剖した。その後、友人の何人かが在籍していたRATS&STARのアルバムにウォーホルさんがオリジナルを依頼された。実は現物に触れた事がある。印刷して2週も経ているのに濃度の濃い部分は柔らかく爪で跡が着いた。その刷り上がりの本番のスキャニングに使われなかった刷り出しをメンバーの数一枚ずつ保有していたが、額装もせぬままポートフォリオのバックに入ったまま盗難にあった。ウォーホルさんが他界して僕の保有していたオリジナル一枚の取引単価がハーレー・ダビッドソンのワイド・グライドの新車価格を越えて、ギャラリーから販売しませんか?オファーがあったが、金も欲しかったけど、本物の暖まればインクの臭いのするアートの中に暮らしたくて、それを考えれば、金は二の次であった。実はウォーホルさんも僕と同じ高機能自閉症である。日本ではたぶんそうである。とされているが、彼を支えたパートナーであるウルトラ・バイオレットさんの語るインタビューの中でのエピソードから読みとれば、間違いなく自閉症であると同病である僕は判断する。彼のヘアスタイルも、同じ自閉症の天才科学者アインシュタインを意識しての事だと僕は読んでいる。そう自閉症にはCOPYCAT癖がある。作品にピピンとレーダーが動いたら、その作品の分析コピーは元より、作者の性格、暮らしぶり、スタイルまでを模倣してみなきゃすまなくなるのだ。今回アップした写真、くも膜下出血の前夜、翌日に予定していたロックバンドTHE MODSのメンバーのポートレートを想定してのライティングリハーサルである。シャツのアイロンもヘアスタイルのセットも、撮影に備えた筋肉のパンプアップも、顔のグルーミングも出来ていない。今は脳卒中後の行為症で顔も体も変わっちゃった。僕もSちゃんに眉毛や髭等を整えてもらってポートレート残したい。でもウォーホルさんの自画像って誰がどう飾るのだろうか?ゴッホの耳を切断したばかりの自画像を描く心境は如何なモノだったのであろうか?それも誰が飾ったのだろうか?その昔、写真ブロガーのYORIKOちゃんと語り合った時、セルフ撮影の話しになって笑い合った。エスカレートしちゃい過ぎるんだって。(笑)原宿でのアパレルの事務所勤務の時の同僚の70'sラインのレディースのデザイナー山田さんの家にもウォーホルさんのCANDY DROPSがあった。そんな時代だった。コメント、トラックバック、待ってますよ。
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by mugnum-yoda | 2010-05-15 11:32

THE SIBERIAN COLD AIR MASS

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by mugnum-yoda | 2010-02-28 20:49 | DOG PHOTO

IN TO THE NATURE

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by mugnum-yoda | 2010-02-28 20:28 | DOG PHOTO

portrait"Torah Bright"

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素顔のトーラ・ブライト選手です。偶然の一枚、とっさの一枚。カメラは有効期限無しのパスポートだと思う事が多い。其の年のワールドタイトル保持者が、直接に、僕にポートレートを写してと言って来る。ボディーガードのようなスタッフからも頼まれた。実は、この出会いの数日前に、僕は彼女をスポンサードするブランドの親会社が冠になったスキー、スノーボード複合のFREE STYLEのイベントの撮影に誘われて、その会場で本社スタッフからインターネットで見つけた僕の写真の事で、いきなりVIP待遇を受けた。その時のスタッフのひとりが、彼女の付き人の一人だったんだ。レフもストロボも何も無い状態で本番、青かぶりだけが気になってさあ。本当は背景をアンダーに落としたかったけど、時間がかかるとしらけるかな?と思った。メーカーのロゴを、凄く意識してカシャリ!2007年の2月17日、愛すべきニセコモイワスキーリゾートにて。見る人がニセコモイワだ。と解る背景にして、其処で働く親友へ感謝。
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by mugnum-yoda | 2010-02-16 19:27 | Extreme Sports
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かすかな嵐の音がする。
夕暮五時
風がそうつと 雪のくぼみや木の根にまつわり
凍てついた道を越えて
冷たく硝子戸をならす。
まだ明りはつかず 女は薄暗い台所に急がしく
黒い外套の人が
帰りついて戸口をあける。
街ではかなしい豆腐売りの笛がなる。
夕方鋭い空気のなかに遠くで 心の及ぶ限りの遠くの野で
風が林に入る音だよ。

(伊藤整『雪明りの路』より「冬の詩三篇」)

この伊藤整の『雪明りの路』をイベントを写しに行く前に購入し、読み込んだ。馳星周氏の『約束の地』の時のように、それらのワードに対して、離れ過ぎず、付き過ぎ無いイメージをロジック。
詩は暗唱、朗読することが良いらしい。かの教典達も、それぞれが詩だ。
オレゴン、カナダで釣りやトレッキング、川下りのアドベンチャーに時間を費やすと、必ず、詩を暗唱している人に出くわす。スエーデン人ドイツ人が圧倒的に多いのは何故だろうか?独り言は独語とも書くからか?僕は幼少期より独り言が止められない。良く「何?」って聞き返されてしまう。そんな、格好の悪さをカモフラージュする為に詩を僕も朗読するようになった。
BE-BOP A LOULA SHE'S MY BABY、
そう、僕が唱えるのはロックンロールの歌詞。これが以外と海外でも受けが良いんだ。
その夜は『雪明かりの路』をぶつぶつ呟いた。詩の冒頭部分、
「女は薄暗い台所に急がしく」を「女は薄暗い台所に美しく」と少しばかり、詩を自分流にアレンしながらね。
そう、明り、すなわち火なのだ。火は暖かく、優しさ幸せの象徴。まして、僕らのような
北方に暮らすものにとっては特に。

そんな時に、目の前の光景が、まさしく台所の竃の火を絶やすまいと案ずる女性そのもの、
北京原人が火を扱いはじめて、おおよそ四千年との事で、中国、食の歴史四千年とされているそうだ。火を使う作業は
高次な作業で人間以外には出来ない。犬達は、火を眺めるのが好きなのは、太古に人と暮らした安堵の記憶によるものらしい。安堵さは癖
であり、常習性を呼ぶ。それで犬達は人の手助けをするから、頼むから、側に居させてくれと嘆願し、何世代も、それを続けてしまうのだ。先日、作業療法の映画鑑賞で「HACHIハチ公物語」を見た。とにかく ニューヨークの雪の夜に金に輝く秋田犬が美しかった。ストーリーはね、笑っちゃった。 ハチ公がね、  大好きな S ちゃんを追い掛ける僕、そっくりなんだもん。Sちゃんと、犬達と冬の夜、ストーブから僅かに見える炎を愛でた日が恋しい。
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by mugnum-yoda | 2010-02-10 10:06

THE NIGHT VISION

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2008年2月9日の想い出。この年、始めて小樽「雪あかりの路」のイベントに身を置いた。親愛なるパートナーSちゃんの地元としての正確なスケジュールと渡された地図を頼りに作戦を練った。その前に、「此処が良いよ!」「車は此処に置いて。」と僕は大好きなSちゃんに、従うのが好き。その年も、今も尚。彼女のアドバイスは的確。下見のロケハンの感覚も、僕が事前に見て選んだかのように、彼女の指定するスポットは美味しかった。その年は、Sちゃんの家族も、僕に情報を集め提供してくれた。具体的に写真を見せる相手がいると、僕のような、ターゲットの為にデザインやくりエイティブをこなして来た人間には、とても楽であり、その制作過程も楽しい。まして大好きな人の故郷、氷点下二桁の夜でも、手はかじかみは、するものの。心はすこぶるHOTだったなあ〜。と記憶する。どうだい?奇麗だろ?此処暫く、PCの中の2月の小樽を眺めながら、先日、愛するSちゃんが見舞いに来てくれた時に、「小樽がみたいよう。」と、「解ったよ。」と間髪無しに答えてくれたから、ひょっとしたら、今日イベント見れるかな?いや明日は、連れてってもらえるかな?看護士さんも小樽のイベントを知っていて。「きっと、彼女さんサプライズしてくれるよ。」って。この写真を背景に、小樽美人のSちゃんがアイボリーのフラノ生地のコートの襟を両手で掴んでたりしたら、格好よさ倍増でしょ?
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by mugnum-yoda | 2010-02-09 19:32

Portrait〜教会にて

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Portrait〜教会にてベタな組み合わせ、恐らく世界中探せば、この手の写真って星の数。絵画迄含めると、同じ自閉症のアインシュタイン先生の相対性理論に照らし合わせて考えてみて考えると、その数は天文学であることは、否定出来ない事実だ。ベタな発想は、共感を得やすい利点もあり、広告手段に、ハリウッドの映画にすら、多々登場する。しかし、厳しい評価の目を浴びやすいのも事実である。教会の場は、その先入観が、誰にも或る事であろう。僕の生家の庭、依田さんの森と呼ばれていた森に隣接するように小さな教会があった。今、父と母が住む立て替えた尖り屋根の家の場所に、その昔、宣教師の布教所が、あったらしく、外人の宣教師の奥さんが、町の人にパン焼きや牛乳を使った料理やチーズ作りやらお裁縫を、教えていたそうだ。そんなルーツを持つ家族に生まれた僕は、食事の前に就寝前に「天にまします〜。」と唱える少年だった。コミュニュケーション障害で、普通の人が行く学校では、異端扱いされたが、日曜学校は、進んで物事が出来ない僕も、日曜日は積極的になった。なるほど安息日と呼ぶ訳なんだと、僕は幼いながら日曜日を溺愛していた。教会学校に続いて、お寺の幼稚園が会場になっていた書道教室。生徒が来る前の準備、終了後の後片付けもまかされていてた。テレビも「じゃじゃ馬億万長者」「奥様は魔女」海外ドラマに手に汗を握ったのも日曜日。雨が降ろうが風が吹こうが、僕には暖かった日曜日、おまけに、当時同居していた。父の一番下の妹、つまり、叔母ちゃん。僕は彼女が大好きだった。日曜日は、その叔母ちゃんのお勤めも休みで、一人っ子だけど、日曜日の午後だけは、つかのまの兄弟気分を味わえた。発症前の小樽での暮らし、最愛のSちゃんが僕に「遊ぼ。」とモデルとカメラマンごっこに応じてくれたのも日曜日だった。今は、毎日、次は何かな?と楽しむ事が出来たSちゃんがプレゼントしてくれた日めくりカレンダーを修了して曜日の感覚までが薄れてしまったけど、日曜日は、本当にSちゃんが狂おしい程に恋しくてたまらない。教会は暖かだった。広い意味で捉えて、人を暖める場所。まして、写真を写した日は、小樽に初雪が降った日曜日。寒気から二人で逃げ込んだ教会の風除室は風を遮り、ステンド越しの太陽に抱きしめられた、その場所は特別に暖かく感じた。其処に佇む彼女に玄関脇のマリア様が乗り移ったかのように、僕にはとてつもなく、神々しく思えた。彼女の存在そのものも、僕には暖かい教会であり、安息日であり、大好きな日曜日だった。
ストーブも拝まれており安息日 /依 田 昌 也
北国では、ストーブもまた信仰の対象である。ストーブのような彼女から買って貰った石油ファンヒーターのタイマー修了時間に流れるエルビスの名曲”LOVE ME TENDER"を急に思い出し涙が止まらない。本日、シーツ交換タオルケット毛布のクリーニングの日、看護士さんが「依田さん、彼女さん、毛布の換え持って来てくれたの?お願いしたんでしょ?」答えられない僕。病気のせいなのか、看護士さんに悪気が或る訳じゃ無いのは解っているけど、虐められているとしか思えない。子供の頃、小学校の先生も、僕を呼ぶ時「こら、そこの泣き虫!」同級生達も「おい、泣き虫。」と僕を呼ぶ。自閉症の僕は、しくしく、とかくよくよ、なんて泣く事が出来ないんだ。アニメの「田舎っぺ大将」の主人公、大ちゃんの如く、大声でビエ〜ンと涙をドバドバって溢れさせながら顔をぐしゃぐしゃにして泣く事しか出来ない。「大魔神出て来たな。」となき顔を先生が笑う。
冬野菜ふうふうして食み日曜日 / 依 田 昌 也
札幌の手術した病院から滝川の病院に移っての最初の外出、「まあちゃん、遠くて、前のように毎日お見舞い行けないよう。」と口を尖らせながらも、我が女神Sちゃんは、小樽〜滝川のディスタンスにも負けずに来てくれた。外出は買い物の遂行訓練を考えてスケジュールを組んで、Sちゃんは僕専属の作業療法士を担ってくれた。滝川と言えば「松尾ジンギスカン」Sちゃんの食事は、普段から、スポーツジムのトレーナーだったせいか、その食事が身体にどう影響するかを考えてのセレクト。この日も長い病院暮らしで足り無い栄養素と力を補給する意味で久しぶりの鉄鍋を囲んだ。まず、Sちゃんは店の方に僕がリハビリ中だと言う事を告げて僕の苦手側をフォローする形で着座してくれたSちゃん。肩から伝う体温は麻痺にも関わらず、暖かだったのを記憶している。ドキドキした。嬉しかった。前掛けしてくれるために、偶然ハグの形になった瞬間を今でも、昨日のように思い出す。鍋の肉の様子をみるSちゃんの箸さばきが美しかった。どんな動きをするときでもダンスだった。DAISHI DANCEと言う有名DJを僕はSちゃんと二人でかぶりつきで写した事があった。その時もSちゃんは足でビートを刻みながら、Nikonを手に抑揚たっぷりに全ての間接をグラインドさせていた。僕は目の前のアーティストよりSちゃんに見とれていた。DAISHI DANCE氏がプレイしながらコンデジで僕とSちゃんを写していた。嬉しかった。久しぶりのラム肉の味は美味しかった。Sちゃんの口の動きにあわせて「あ〜ん。」ムシャムシャも、Sちゃんの動きを鏡のように真似た。札幌病院では毎食繰り返した摂食嚥下訓練。このSちゃんの献身的な介助のお陰で、点滴と並んで、ぶら下がっていた、フードバッグが取れ、医師もびっくりする程の術後の回復となったんだよ。と看護士さんが検査で訪ねた時に教えてくれた。二人は織りスタイルのSちゃんが施してくれた訓練は作業療法士さんから見ても理に叶っていたんだって、想いの力が奇跡的な回復を呼ぶとメスを入れてくれた。先生が教えてくれた。Sちゃんの僕への想い、僕のSちゃんの想いが生んだ軌跡として、第三者が一見して、何処が悪いのかすら見当たらない程に回復したんだって。「でも、何で一緒に暮らしていないの?」だって、ちょっと不思議だった。聞くとSちゃんは先生に「依田さんの事は私が責任を持って、また以前のように写真が写せるようにして訓練して、一緒に仕事します。そうしてもらわないと困るんです。本当に大切なんです。」と言ってくれたんだって。先生のカルテの余白一杯にSちゃんから聞き取った言葉が記録されていた。ラム肉、本来は柔らかいんだけど、何度噛んでも食いちぎれなかった。もっともっとと、Sちゃんが顔を寄せて来てあむあむを僕に更に促す。噛めば噛む程に嬉しかった。それに加えて顔と顔の接近遭遇に嬉しくて気絶しそうだった。子供の頃から特別の日の、お約束のようなラム肉の味、羊、教会の劇では、毎回、酪農の家に生まれた僕は羊飼いの役が専門だった。今、僕は、相も変わらずに迷える羊だ。ある教えでは、この地球に存在する全ての命あるものは羊だそうだ。僕は同じ羊でもジンギスカンのラム肉のように、誰かに喜んでもらえる羊になりたいと、Sちゃんと鍋を囲みながら強く思った一年前の日曜日。Sちゃん、一杯、ありがとう。また、御飯しようね。何度も通った、あの店で、皆さんが写した。あるいは、皆さんが知っている。ベタな教会との組み合わせ作品を僕にトラックバックして、教えて下さい。この写真を写す時、いつものように似たシュチュエーションのアートがフラッシュした。それに、はめ込むように画像構築するのがサヴァンなる僕のスタイル。この時決め手になったのがHelene Knoopなる若き女性アーティスト。まるでルネッサンス時代から現代へ時旅行してきたような彼女の作風を他人とは思えない程、僕は共感した。「今、僕が写しているSちゃんの写真をヘレン・クノープさんに、フイニッシュしてもらいたいなあ。」と思った。僕は共同作業の中でクリエイションのスキルを挙げて来た人間だから、独りで挑んでいても、誰かとの作業を王呈してしまう。完結してしまうのは嫌だ。完結してしまうのが怖い。同じ自閉症の映画監督の作品、エピソード1、エピソード2、エピソード3と、じれったい程、完結しない。基本的に大好きな人の側から離れられないんだ。僕が肖像写真の為にカメラを覗く時、大好きな二人の巨匠なら、どうするかと自問自答する。その二人とは、肖像絵画世界にKIVE感を取り入れたJohannes Vermeer、そして僕の写真初心時代からの憧れ篠山紀信先生だ。特に三嶋由紀夫氏と山口百恵さんを写した一連の名作が、いつも脳裏に浮かぶ。篠山先生と運良く仕事で接近出来たTVガイドの表紙のデザイン・ディレクション。僕は、相変わらず何故何?少年で、それらの名作の撮影エピソードを失礼にも質問攻めしてしまった。嬉しかった。その場には、いつも東京ニュース通信社の重役も同席したが、巨匠は快く相手をして下さった。
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by mugnum-yoda | 2010-01-26 08:52 | SWEET LOVE

プラス気温と雪の色

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通称「重パウ」気温がプラスになると、あっという間に、滑走音がトコトコトコと、三連音に切り替わるニセコの南東斜面のAM10:00。音だけじゃなく、それ迄青かった景色が象牙の色に、雪の色を、揃えるのも僕らエクスパートの決まり事なんだ。雪質こそが、商売道具であり、商品なんだ。雪温度と環境湿度と外気温、そして気圧の確認が極上の雪の色への近道だ。雪の結晶の形も確認する癖を付けてね。
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by mugnum-yoda | 2010-01-24 20:32